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海苔目

  目次

「……」

 フィンはなんとなく引き寄せられる。手を伸ばし、指先で長い耳を捕まえた。想像していたよりも硬く滑らかな感触だった。
 ぼんやりと幽玄なる光を湛えた瞳が、こちらを向いた。
 ぱっちりとまん丸い目を瞬かせ、しばし見つめ合う。
 やがて姫君のやんごとなき指先が伸びてきて、フィンの耳を捕まえた。
 耳元でごそごそと擦過音が鳴り響く。
 シャーリィはにまーっといじわる気に笑う。困ったことにそんな顔ですら神々しいまでに美しい。
 そんなわけで、しばしお互いの耳を触り合った。
 烈火が眉間を揉み解しているのが、横目に見えた。

「……いや、なにしてんの、キミら」
「いや、若干ちょっと耳が気になったもので、欲望の赴くままに」
「欲望の赴くままにすることか!!!! もう何なのこの子たち!!!! 性癖が特殊すぎて烈火くんドン引きですよ!!!!」
「そう言われてもー……」
「言いながら耳をまさぐるんじゃない!!!! そして貧乳は俺の耳まで触ろうとするんじゃない!!!! 違うんだよなァァァアアアアア~!!!! そんなほのぼのとした触れ合いじゃねえんだよなぁぁぁぁぁぁ~!!!!」
「じゃあ、どんな?」
「いや、もういい。お前らにはこの超天才のような生き様は絶対に無理だとわかった。所詮凡人は凡人か!!!!」
「むー、でも烈火どのだってけっこう他の人思いやってるでありますよね?」
「はぁ~~~~? 俺がァ~~~~? いきなり何を言っちゃっているのかしらこの軍人脳のお子様は!!!!」
「えー、だってだって」

 今も監督してくれてるじゃないでありますか、と言いそうになって、待てそれは禁句だと思い出す。

「……いつもみんなのごはん作ってくれるじゃないでありますか」
「ばっかだなオメーそうやって愚民どもに恩を売ってのちのち神聖黒神帝国をブチ上げて思うさま圧政とハーレムを満喫しようと言う高度なタクティスクに決まってんだろうがオメーばかオメーまったくわかってねえなァーオイバカ野郎この野郎!!!!」
「いやそれわざわざ言っちゃったらダメなんじゃあ……」
「はい終わり!!!! この話は終わり!!!! 作業止まってんぞお前ら!!!!」

 烈火は手を打ち鳴らし、フィンとシャーリィの注意を編みぐるみに戻す。
 やや釈然としないながらも、二人は作業に戻った。

 ●

 しばらくしょうもないことを駄弁りながら編み編みしていると、話題が「泰斗養命牙点穴」のことにシフトしていった。

「レッカどののアレって、欠損した腕とかくっつけたりできるのでありますか?」
「あ? できるわけねーだろアレめっちゃ血行とか良くして体調が超絶良くなるだけだっつーの! 寿命は延びても腕がニョキニョキしたりしねえっつーの!」
「そっか……じゃあ無駄ではなかったのでありますね、小官の行いは」
「しかしアホだねーおっぱいならともかく腕一本のために寿命十年とかあほすぎるおっぱいならともかくそうだ今からしかるべき対価としておっぱい揉ませてもらってきなさいよそして俺に感触を事細かに報告しなさい詳細な描写も交えて報告しなさい」
「えぇ……」

 部屋の外でふと物音がしたが、フィンも烈火もシャーリィもそれに気づかなかった。

 ●

 リーネは後ずさり、首を振り、胸が苦しくなり、目尻に熱い雫が溜まり始めるのを自覚し、決壊する前にその場を走り去った。

 ●

「……なるほどな。」

 総十郎は尖った顎を掴んだ。
 倒木に腰掛け、隣のリーネを見やる。耳は垂れ下がり、肩は震え、目は真っ赤になっている。

「フィ……フィンどのに合わせる顔がありません……人族にとって十年はあまりに重すぎる歳月ではないのでしょうか……?」

 正直なところ彼女の責任とは言えないのだが、もちろんそんな道理を説いたところでリーネの気が晴れることはないだろう。

「自責の念を感じるのかね?」
「……はい……」
「それが的外れな感情だったとしても?」
「はぃ……」
「ではリーネどの。」

 総十郎は立ち上がり、札を打ち振るい神韻軍刀に戻した。
 微笑む。

「かかって来たまえ。」
「はぇ!?」

【続く】

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