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『ベター・コール・ソウル』最終話について

 『ベター・コール・ソウル』が最終話を迎えた。『ブレイキング・バッド』の前日譚でもあり、後日譚でもあった作品の最終話が描いたのは、ジミー・マッギルがソウル・グッドマンの仮面を脱ぎ去る姿だ。散々言われていることだろうが、ハイゼンベルクとして死を迎えたウォルター・ホワイトの姿と対照的だ。だが、ベクトルは違えど、両者にとって救いの道であったことには変わりない。

『ブレイキング・バッド』S5#16

 ジミーがマッギルの家名を捨てて、ソウル・グッドマンになったのは痛みから逃れるためだった。その最大の痛みは彼が間接的に関与した実兄チャックの自殺とキムとの別れだろう。前者で言えば、チャックの自殺以降、ジミーの心情は視聴者やキムから距離を置き、見えにくくなっていく。(後者についてはここでは触れない。)

チャックの自殺の間接的原因が弁護士保険の解約であったことを知る場面(S4#1)

チャック
弟は悪人じゃない。良心もある。ただ、やめられないんだ。

チャックがキムに対してジミーの依存症を語る場面(S2#5)

 シリーズを見返してみれば、チャックがジミーに対して言及する言葉は全て”正しい”ことがよくわかる。チャックはジミーの詐術と行動を、見てもいないのに、物の見事にあててしまう。ジミーがキムを破滅させることさえも、S2の時点で予言している。(実際の2人の破滅は相互補完の面が強いが)
 チャックはジミーの依存症を見抜いていた唯一の人物だ。だが、チャックが見えていた部分は、決してジミーの全てではなかった。ジミーの良心についてチャックはあまりに過小評価し、かえってチャックの行動と憎しみはジミーの悪徳と依存症を助長した。
 最終話においてジミーはチャックとの関係について「努力をすべきだった」と話すが、もしチャックの側に「努力」ができていれば、その反対の役割を果たせただろう。そして、その可能性は、この兄弟の間に間違いなくあったといえる。

The Winner Takes It All (S4#10)

 ジミーはPlan and Execution(計画と実行)の依存症だ。彼が思いつく突拍子もないアイデアは、丁寧でキメ細かいフォローと根回しによって、彼の絵図通りに人々と世の中をまんまと動かしてしまう。彼の最初のパートナーであったマルコも、キムも、そして視聴者である我々もその姿に魅了されてしまう。「あまりにも楽しかった」(S6#9キムの台詞より)のだ。
 デイヴィス&メインで勤めていた際に敢えて上層部から反感を買うようなCMを無許可放送したことや(S2#3)、キムの意向に反してメサ・ヴェルデを挑発するCMを交渉の場で公開したことも(S5#6)象徴的だろう。ジミーは思いついたことを実行せずにはいられない。なぜなら、それが成功することを知っているからであり、その成功こそが、実存的な存在価値を彼自身に証明してくれるからだ。
 こうしたジミーの依存症はソウル・グッドマンの仮面をかぶることで、より深刻になっていく。

チャック
今のお前は辛そうだ。なぜそんな思いをする?
ジミー
(後悔を)伝えたくて
チャック
後悔ならする必要はない。何の意味がある。どうせまたやるのに?
ジミー
そんなことはない。
チャック
いや、ジミー。それがお前だ。人を傷つける。繰り返し何度も何度も。そして反省という名のショーが始まる。
ジミー
ショーなんかじゃない。
チャック
自分じゃそうは思わないだろうし、気持ちが本当じゃないとは言わない。だがなんでそんな悲しそうな顔をする?何の意味がある?お前の行いを正さない限り…まぁ無理だろうが。いっそこんな茶番はすっ飛ばしたらどうだ?結局、お前はみんなを傷つける。どうしようもない。だからもう謝るのはやめて、ありのままを受け入れろ。それができたら、私もお前を見直す。

マッギル兄弟の最期の会話(S3#10)

 ソウル・グッドマンという仮面の皮肉は、彼の人間性が、チャックがジミーに対して罵倒した言葉そのものであることだ。ジミーはソウルになることで、チャックの言葉通りの人間になってしまった。ソウル・グッドマンは後悔をしない。良心を捨てて、周りを傷つけ続けて、好きなように振舞うことができる。
 作品の後半、何度が反復される印象的な台詞がある。

ジミー
いつの日か朝起きて歯を磨き仕事に行って、そしてふと気づく瞬間が来る。今日は考えてないと、まったく。その瞬間、忘れられると気づく。

呆然自失としているキムに語り掛けるジミーの言葉(S6#9)

 この言葉はマイクの義理の娘であるステイシーが、最愛の人(マイクの息子であるマティ)の記憶が薄れてゆくことへの想いを表現したものだ。(S4#4)このとき、マイクは心穏やかではなくなり、半ば八つ当たり的にその場をぶち壊すが、この言葉自体は彼の中に印象に残ったのだろう。目前で人々が射殺されたトラウマに苦しむジミーに対して、同じ言葉を投げかける。(S5#9)
 興味深いのは、この言葉が作中で伝染していくうちに、忘却の対象が変わっていくことだ。最愛の人を無くした記憶についての話が、ジミーにとっては、自身の罪の意識から逃れる方便と化している。
 「ガン患者の病人をカモにはできない」と仕事を投げ出すバディに対するジーンの発言(S6#11)もこの影響下にあるだろう。

ジーン
わかった、よく分かるよ。だが乗り越えられる。いいな、私を信じろ。知らない間に全部忘れている。行け!

ジーンとバディとの会話(S6#11)

  だが、キムは決して忘れていなかった。ハワードの顛末についてのキムの自白の場面は視聴者の心を大きく揺さぶる。そして、それを知ったジミーの心をも揺さぶった。彼もまた決して忘れてはいなかったのだ。

ジミーの法廷での証言(S6#13)

 最終話の回想で「後悔」について問われたウォルターが、ジェシーからもらった時計を一瞬見つめる姿のように、不在の人物を想起させる演出が非常に巧みだ。
 ジミーが法廷でチャックについて証言をする場面で「Exit」の標示が印象的に映る。それは聴聞会(s3#5)で、ジミーがチャックを完膚なきまでに叩きのめした際の映り方と同じだ。ジミーは詐術でキムをこの場に呼び出したが、法廷で宣誓して証言をすることで、チャックをこの場に呼び出しているかのようにも見える。
 ジミーはチャックの死から目を背け続けてきた。チャックがジミーに対して言い放った「昔からお前のことなど、どうでもよかった。」という言葉のように。(離婚届を持ってきたキムに対する態度もそうだろう。)だが、実際にはそうではなかった。
 ジミーは自分自身の名を取り戻し、罪と向き合う。詐術で7年半(『ベター・コール・ソウル』の放送期間に一致する)に縮めた刑期は、今や86年の刑期だ。その代わりに、彼は刑務所でキムと再会をする。 

S6#13

 『ブレイキング・バッド』のラスト、(ウォルターにとっての)”完璧な”死によってもたらされる高揚感と対照的に、キムとジミーがモノクロームの世界から解放されることはない。2人の再会は、一瞬色づくタバコの火のようなものだ。それでもなお、人生は続いていく。


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