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牛乃ジャズ探訪(10) グレゴリー・ポーター

高知の音楽家・ギタリストの牛心。です、ところでジャズボーカルって聴きますか?
正直なところ、ジャズにおいてはボーカルは特殊なポジションにある気がします。フランク・シナトラは伴奏はジャズそのものですが、エラ・フィッツジェラルドのような即興スキャットはしません。楽器のおけるジャズと、歌によるジャズはそもそも違うジャンルじゃないかと思うほどです。


グレゴリー・ポーター(Vo)

Gregory Porterは1971年カリフォルニア生まれ、デビューは2010年なので最近のジャズ・ボーカリストといえるでしょう。

このアルバムの1曲目を聴いてみてください。とても知的でシンプルな楽曲と渋いテナー・ボーカルと、既に大御所のような風格を感じさせます。
2004年にニューヨークはブルックリンに引っ越し、料理人として働きながらジャズクラブで活動していた彼は、地道にライブを繰り返しながらバンドメンバーを整え、より有名なジャズバーで演奏するようになります。

2010年にファーストアルバム「Water」をリリースすると、同年グラミー賞ベストボーカルアルバムにノミネートされ脚光を浴びます。

このアルバムは実にジャズらしい、スタンダード曲を交えた選曲になっています。特に話題になったのは、ブラックナイルでした。

古典的なスキャットによるソロ。
他の楽器に引けを取らないビバップ直系の疾走感に加え、がなり声を交えたエモーショナルな内容になっています。
これを聴いてはっきり分かるのは、彼は楽器による即興理論がしっかり身についているということです。


ジャズボーカルは難易度が高い

神戸の専門学校でジャズを学んでいるとき、そこの事務の兄ちゃんがバークリー音楽院卒のボーカリストでした。とても面倒見のいい兄ちゃんで、最終コマまで学校にいると「うちで飯食うか?」と誘ってくれたりして、大変お世話になったのはいい思い出です。

その兄ちゃん曰く、「ジャズっていうのは楽器の垣根がないから、自分の楽器以外のソロとかを研究するといいよ」ということで、僕もピアノやサックスのフレーズばかり研究していたものです。

その兄ちゃんの話には続きがって、こういうものでした。

「バークリーの授業で『他の楽器』のソロを採譜して、自分の楽器で演奏できるようになれっていうのがあって、俺はキース・ジャレットのソロをやろうって思ったんだよ。
唸り声も含めて完コピしてやったよ。ピロロリロリロロン、あぁぁぁああ、ってね(笑)
クラスのメンバーも先生も馬鹿ウケだった、このネタに国境はなかった(笑)

でもそれってボーカリストだからこそじゃない?そこがジャズ・ボーカルの面白いところだよなぁ。

キース・ジャレットというピアニスト(超有名!)は唸り声をあげながら演奏することはよく知られていて、録音にもたくさん唸り声が入っているんですが、まぁなんというか変な声でいきなり叫んぶんですよ。
本人はいたって自然にそうしてるんですが、やっぱファニーでおかしいんですよ。

で、「ボーカルでその唸り声も完全にコピーできるぞ」っていう笑い話だったんですが、僕はこの時「ジャズボーカルは楽器以上にやることがあるんだな」と学びました。

ボーカルが他の楽器と違うのは、言葉が扱えることだけじゃないんですよね。
微妙な音色変化、強烈なシャウト、ポルタメント、ヴィブラートもいろんなやり方が沢山あって、その上、メインのメロディもちゃんとやるし、ジャズ理論も分かってないといけない。

ちゃんとやろうとすると難しい『楽器』です。


ボーカルというのは一番身近で、誰でもすぐ音の出せる楽器。だからこそ、ともすれば「音が出れば満足」みたいな状況にも陥りがちです。

でも、ジャズではそうもいかない。他の楽器と同等か、それ以上にやることが多いわけです。身近だけど難易度が高いのがジャズ・ボーカルといえるでしょう。


底が見えやすいアマチュア・ジャズ・ボーカル

日本のジャズボーカル界隈では、あんまりオリジナル曲をやるぞっていう風土がない気がします。

それはおそらく、「ジャズ=即興ソロ」みたいなステレオタイプがあるからです。
その上、多くのアマチュア・ジャズ・ボーカリストは即興演奏ではなくメロディを覚えて歌うというスタイルでジャズを楽しむ傾向にあります。言わばカラオケの延長です。

楽器でジャズをやってる人からすると、そのやり方は即興ではないし、バックでいい演奏をしてても反応してくれずマイペースだし、ちょっとなぁ・・・・という。
もちろんちゃんとしてる人も沢山います、でも後ろで演奏してるプレイヤーは、そのボーカリストのレベルをしっかり感じ取っています。

(この人はカラオケ型だな、伴奏に反応してくれないもん)
(この人のソロは即興じゃなくて覚えてるラインをやってるな)

バレちゃってます。

そんなことで、ジャズ・ボーカルの伴奏が苦手という人は結構多いはずです。
ぜひ、しっかり勉強して欲しいですよね。ジャズは音域が狭くても凄いことができるものなので、あとは頭がついてきて、それを理解すればきっと素敵なジャズ・ボーカルができますよ。


オリジナル曲を歌っていい

というジャズ論の後にまったく逆の結論になること言っちゃいますが、、、

グレゴリー・ポーターのアルバムにはオリジナル曲が沢山入っています。まぁとりあえず騙されたと思って、普通の歌モノとして聴いてみてください。

すごくいいです、癒される。
実はさっきの「ジャズ=即興ソロ」みたいなのは偏見でしかなくて、ジャズらしさの最大要因はサウンドなんですよね。それは誰しも分かってることとは思います。

例えばノラ・ジョーンズだってジャズですよね。ボサノヴァっぽい感じもあるけど、いまやボサはジャズの一部みたいなところがあるので(笑)、ざっくりいってあのサウンドはジャズです。オリジナル曲をやるジャズバンドです。

なので、別にスタンダード曲にこだわらず、自分の歌いたい歌があれば好きに歌えばいいし、そこに即興ソロがなくても全然OKです。

って事をいうと、「じゃあそれタダのオシャレな歌モノじゃん」って反論されるのが目に見えているのですが、いいんじゃないですか。
即興性もある歌モノってことでいうなら、ソウルもファンクもヒップホップもありますからね。

ジャズの雰囲気が好きなら自由にパクってくれっていうの、ジャズの精神だと思うし、その先にもっと自己研鑽の伸びシロがあるのもジャズ・ボーカルなので、つまり日本のジャズ・ボーカル界隈もっと頑張ろうぜっていう話でした。



牛心。
高知在住の音楽家・ギタリスト。本業は音源製作とレッスン。「どうして日本のジャズボーカリストは歌う前に歌詞の説明をしてしまうのか」という本でも書こうかと思っている。

PS
ボストン時代の友人のアルバムも紹介しておくぜ。彼女も勿論カラオケが上手いだけじゃないんですぞ、理論も奏法もしっかりしているのです。


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