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社会人で陸上競技を続ける意義③29~33歳 第二子の妊娠~障害児の子育て

私は中学校から始めた陸上競技を
社会人になっても続けています。

社会人になっても競技を続ける動機や
大切にしていたことを大まかなライフステージと併せて書いていきます。
今回3部目の記事になります。(全4部)


前回の記事はこちらです。


29~33歳 第二子の妊娠~障害児の子育て


第二子の妊婦検診の時に
異常(障害)があると告げられました。
妻と相談し出産予定日のおよそ2か月前の
試合で一区切りとすることにしました。

〇当時の生活スタイル


仕事が繁忙期になったこともあり
従来よりも仕事に拘束される時間が増えました。
また後述しますが第二子は産まれた後に
すぐ退院できず、入院が続くことになりました。

月 仕事08:00~21:00 
   病院経由で帰宅23:00 空いた時間に練習       
火 仕事08:00~21:00
   病院経由で帰宅23:00 空いた時間に練習 
水 仕事08:00~21:00
   病院経由で帰宅23:00 空いた時間に練習 
木 仕事08:00~21:00
   病院経由で帰宅23:00 空いた時間に練習 
金 仕事08:00~21:00
   病院経由で帰宅23:00 空いた時間に練習 
土 休日 試合出場など
日 休日 試合出場など

練習時間の確保が難しいので
外回り中の昼休みに公園を走ったり
筋トレをしたりしていました。

練習時間こそ増えはしましたが、
本数や回数をこなす事が目的になり、
動きとしても精細さを欠く内容をだったように思います。


〇当時のモチベーション


引き続き
家族に競技をしている姿を見せたい
という気持ちはありました。

しかし妊婦検診の際に障害も
かなり重たいものと判明し、
出産後は競技どころか
仕事面も含めて生活スタイルも
大きく変わることが予想されました。

一番不安だったのは妻だったと思いますが、
試合に出ることを勧めてくれました。


〇がらりと変わった生活環境と心の中


妻は日中に、私は勤務後に病院に行き、
子どもと面会しました。
また入院期間中には何度か手術を重ね、
半年で何とか退院することが出来ました。

そして家族4人での生活が始まりました。
目にしたこともない機械や器具、
備品が家の中に溢れました。
(この辺りはまた別の記事で書こうと思います)

子どもの対応で夜になっても、
ゆっくり眠ることはできません。


このまま全てを任せていては
妻が壊れてしまうのではないかと
思うようになりました。

この時に今まで
妻に甘えていた自分を反省することになりました。
そして私の中で家族に対する向き合い方が変わりました。

〇34歳の私が当時を振り返ってみて


この期間に家族と向き合い
本当の意味での妻への感謝の気持ちを持つことができ、
家族を大事にしようと心から思えました。

そして家族と向き合えているからこそ
いま競技に対しても真摯に向き合えているのでは
ないかと思っています。


以上、第二子妊娠・出産の事を記しました。
続きも読んでいただけると嬉しいです。


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