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仕事を辞めて独身男35歳がタイの田舎に約1年間住もうとした理由

2022年8月

サワディーカップ タナベです。
タイネームはバイシャ(抹茶)です!!

僕は日本語パートナーズという制度でタイに日本語を教えるサポートに来ています。
今、来年の派遣の募集もしています↓お勧めです。

タイにいると「仕事辞めてきたのか!?えーもったいない」「どうせ金持ちなんでしょ?」「日本のほうが仕事あるでしょ」などタイ人から聞かれることが多い。

そこで僕がなぜタイに来たかを、タイ人の読めない日本語で整理しようと思います。笑


1.東南アジアへの漠然とした興味

4年ほど前。
年末年始に仕事が休みをとれたので、日本から脱出しようと台湾にいきました。その年はお店の立ち上げでほとんど休みがとれず、ストレスも多かったので現実逃避でした。
でも、台湾でこれといってやることはなく、毎日You Tubeを見て過ごしていました。笑

台湾で驚いたのは熱気。
毎晩のようにナイトマーケットでお祭り騒ぎ、映画館は若者で大行列でした。
あれ、日本ってもしかして元気がない??

最初はまた台湾に行って見たかったのですが、仕事のタイミングや、行くなら全く知らないところ、全く読めないタイ語に触れてみたいということでタイになりました。

2.人生そんなに長くない

いつか海外で働きたいね!とか若いときはカッコつけて言っていました笑
そしたら気づいたら35歳になっていました。
毎日、仕事して夜は酒を飲んで、休みはサウナ行って、時々、旅行してそれなりに楽しい生活を送って充実していました。
でも、ある日、仕事でご一緒した会社の社長さんとメッセージをやり取りしていました。とても尊敬できる人、50歳ぐらいだったかな、物腰が柔らかく人を引き付ける魅力のある方でいつかお話聞きたいなぁと思っていました。


その社長が次の日、
急に亡くなってしまいました。

悲しい、そして驚き。
持病もなかったとのこと。

そして自分に置き換えたときに、残された時間はあと15年しかない、「いつかやろう」という言葉なんてないなと感じました。

いつか海外で働きたいという夢?を今叶えようと思い、知り合いに紹介してもらった日本語パートナーズに改めて真剣に応募しました。
(実は2回目の応募で、前回は書類選考で落ちました笑)

3.夏休みをとりたかった

前職は道の駅の駅長でした!

道の駅というと、田舎のじいちゃんばあちゃんが野菜が売っているイメージでしょうか?

僕はそこで2年半立ち上げを経験して、その後5年間、道の駅の駅長をしていました。

駅長といっても仕事は、
商品開発、広報、営業窓口、催事出店、商談会出店、そばを茹でたり、プリン作ったり、トイレのつまりをとったり笑。何でもしていました。

休みの日は知り合いの店に遊びに行ったり、面白い商品を買いに行ったりしていて、それ仕事じゃないですか?とよく言われていたけど、それが好きでした。
旅行はもちろん誰かに会いに行く。
いい意味でも悪い意味でも、公私混同。

そんな日々が7年ほど続いていたので、
一旦、人生も夏休みをとろう思いタイに来ました。


日本語パートナーズ2022タイ、ラオス、インドネシア募集してます!!!
日本語教師を目指している人、海外に興味のある人、日本が嫌になった人はぜひ応募してみてください。


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