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ばれ☆おど!㊽

第48話 特殊メイクアーティストの真骨頂

「お、お前は、あの時の……」


 カン太の頬が赤く染まっている。
 そう。あのときの緑子との写真をパシャリとカメラに収めた女の子。
 それが、この相沢杏子なのだ。

 大福丸が紹介する。
「すでにお知り合いのようですが、こちら相沢杏子さんです。僕の頼もしい後輩であり、前部長のアイリさんの妹さんでもあります」

 カン太は難しい顔である。
「……つーか、藤原さん。なんでオレたちの後をつけてきたんです?」

 大福丸は苦笑する。
「本音から言うとですね。スクープが欲しかった、ということです。ですが、他にも理由があります」

「他の理由とは?」

「それはですね。今回の事件は、僕が当事者だったからですよ。あのメデューサの強力な催眠で金縛りに遭いました。あの時以来です。僕の方が人質になってもおかしくはなかった」

「なるほど。でも、藤原さんの身代わりで人質になったわけではないよ」

「それはそうですが、他人事とはとても思えなくて……」

「お気持ちはわかります。でも、今回は非常に危険なので、こちらとしてはちょっと困るよ。悪いけど、今回は遠慮してください」

「…………」

 大福丸は言葉が継げずに、悔しそうな顔をしている。
 そこに、杏子が口を挟んだ。

「あ、そうそう、このスクープ写真のことなんだけど」

 杏子は、スマホにダウンロードされた画像をカン太に見せた。
 みるみるうちにカン太の頬が赤く染まる。

「ちょっと、待ってくれ。それは誤解なんだ」

「あら、そういう風には見えなかったわ」

「たまたまそういう風に見えているだけだよ」

「でも、この写真は合成でもなんでもない。本物よ。うちとしては今回の取材ができないんなら、仕方ないですね。こっちでもいいかな。ね。部長?」

 大福丸はポカンと口を開けたままになっている。はっと、我に返る。
「あ、ああ、そうだね」

「というわけで、どうかしら? 動物愛護部の部長さん?」

 杏子の鋭い目つきにたじろぐカン太であった。
「い、いや、ちょっと、それと、これとは……」

「はっきりしないなら、もう帰って、次号のトップの見出し考えます。『動物愛護部の乱れた部活動!』なんてどうかしらね?」

 今度は挑戦的な目つきで、じっと、カン太の目を覗き込んでいる。カン太は、南国の海を想わせるエメラルドグリーンの瞳に吸い込まれそうになる。
 杏子は前部長のアイリを彷彿とさせる駆け引き上手であった。

「わ、わかった。そこまで言うなら、勝手に来ればいい。ただし、オレたちの邪魔だけはしないでくれ」

「ご理解感謝します。じゃあ、取材させていただきますね」

 小柄な杏子はにっこりと微笑むと、ポケットからチョコレートを取り出した。そして、両手に持って、チョコレートをむしゃむしゃと食べ始めた。
 姉のアイリ同様、その様は小動物が木の実を食べているようで、とても愛くるしい。

 新聞部部長である大福丸は、副部長の杏子の交渉術に圧倒され、あっけに取られていたが、ようやく落ち着きを取り戻した。
「すみません。強引で。これも前部長(相沢アイリ)の時代からの我が部の伝統的なスタイルですね。ハハハハハ……」

 力なく大福丸は苦笑した。


 ◇ ◇ ◇


 深夜零時。
 カン太たちは、人質交換の場所を遠くから伺っていた。

 本当に寂れたという言葉がしっくりくる港だった。
 係留してある船はだいぶ傷んでいて、中にはひっくり返ったままになっている船もある。もう何年も使われた形跡がないように思われた。つまり、この港自体が打ち捨てられている。そう言った印象を受ける。
 月明かりがなければ、街燈すらないこの港には何も見えなかったはずだ。

 カン太はドローンを車から引っ張り出すと告げた。

「シータ。早速だけど偵察を頼む」

 シータは相変わらず綾香に抱っこされたままである。
「はい。わかりました。いまから偵察を始めます」

 シータの目が赤く点滅した。
 すると、ドローンが飛び立ち、空高くまで上昇すると、ターゲットに一直線に向かっていった。



 ◇ ◇ ◇


 数分後。
 シータが喋りはじめた。

「状況が分かりました」


 カン太は報告を促した。
「で、どうなっているの?」

「はい。敵の配置ですが、何故かメデューサがいません。人質が監禁されている小屋には見張りが一人。人質の健康状態は良好とはいいがたいですが、動くことはできそうです。見張りが一人入り口にいます。他にはこれといった情報はありませんが、特に爆発物や催涙弾などは発見できませんでした」

 カン太は厳しい表情でシータの報告に答える。
「ありがとう。問題は、メデューサが何故いないのか、ということだね。まだ、人質交換まで時間があるから、何か別の用件で、持ち場を離れているのかもしれない。でも、変なタイミングで戻ってくると、厄介だな……」

「はい。吾川様。その点が不確定要素で一番大きいと思われます。ですが、メデューサの行方まで調べることは、現時点では困難です」

「………………」
 しばらくカン太は目を瞑り考える。

 そこに綾香が提案をする。
「ねえ? それってチャンスじゃないの? そのメデューサっていう人が、いないなら、その人に成りすませば、いろいろと便利でしょ? ここに特殊メイクの天才がいるのを忘れてない?」

 カン太は目を見開き、綾香を見つめた。
「それだ! 間宮さん。名案だよ。そうだね。人質を簡単に、しかも安全に取り戻せる。さっそくお願いしようかな。で、変装するのは誰がいいかな?」

「誰でも大丈夫よ。あなたでもね。フフッ」

「……わ、わかった。お願いするよ。じゃあ、メデューサ外見のデータはシータが持っているから聞いてくれ」

 カン太は思う。
(ま、まさか、こいつ、オレの趣味を知ってるのか?)


 ◇ ◇ ◇


 さすがは天才である。
 一時間もかからずに綾香の特殊メイクは完成した。見た目はメデューサそのもので完璧な出来栄えである。
 ただ、一つ問題があった――。

 メデューサに化けたカン太は言った。
「外見はそっくりだけど、声がこれじゃあ、どうしようもない」

 綾香は、そんな簡単なことで悩むな、と言わんばかりの態度をとる。
「じゃあ、黙っていれば、いいじゃない。私たちが喋れば済むんじゃない。戦闘でのどを痛めて声が一時的に出なかったことにすればいいし」

「それだと、すぐに見破られてしまいます」
 綾香に抱っこされているシータが喋りはじめる。

「え? どうしてなの?」

「都合よく急に声がでなくなって、しかも代わりに話をするのが我々では相手は不審に思うでしょう」

「あ、うん。そうだね」
 綾香はいつもと違って素直だ。

「吾川様。やはり声がないと、相手を欺くことは難しいと思われます」

「うん。でも、せっかくのチャンスだから生かしたい。何とかならないものかな?」


「方法ならあります」
 そう言って、シータは履いている靴から、何かを取り出した。



(つづく)


ご褒美は頑張った子にだけ与えられるからご褒美なのです