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ばれ☆おど!㊳

 第38話 クールキャラは水玉模様


 天高く、青空に飛んでいく真っ赤なフリスビー。
 それは、早春のある日の出来事だった。

「虎徹!」
「茶々丸!」

 ぜんじろうは二匹のドーベルマンを呼んだ。
 すると、猛ダッシュで、筋肉質な体を弾ませながら、ぜんじろうの元にやってきた。
 ぜんじろうの足元で伏せて、主人の命令を待つ。

 ここは、雀ケ谷市で、一番の大きさを誇るドックラン。
 さすがに、ドーベルマンが、二匹もいると、ほかの犬を連れた人たちは、徐々に姿を消していった。

「虎徹! 茶々丸! 悪いが、どちらか、俺の目となり、耳となり、鼻となる、俺の〝ドール〟になってもらえないか? どうしても、悪いやつを捕まえなくちゃいけなくなったんだ」

 二匹の犬たちは、先を争って、ぜんじろうに抱きついてくる。
「そうか。お前たち、俺のために頑張ってくれるか」
 二匹とも、ちぎれそうなくらい、しっぽを振っている。
 ぜんじろうは、顔をペロペロ舐められ、押し倒されそうになる。

「わかった。わかった。でも、俺のドール能力は、1匹までだ。だから、これで、決めよう」

 そう言うと、ぜんじろうは、赤いフリスビーを手にした。
「これをキャッチして、俺に渡した方が、今回の俺のパートナーだ」

 ぜんじろうは思いっきり、フリスビーを空に向かって高く投げた。
 ぐんぐん、高くまで上がる。やがて、落下し始めた。

 足の速さでは、虎徹がやや優位だが、茶々丸は予測能力に長けていた。
 虎徹は猛然と先を走り、じりじりと差を広げていく。
 だが、虎徹は行き過ぎていた。
 途中でスピードを落としていた茶々丸が、急旋回して落下地点に先に着く。
 高くジャンプして、見事にキャッチ。

 ぜんじろうは茶々丸から、フリスビーを受け取った。
「恨みっこなしだ。今日は茶々丸に手伝ってもらう」
 そう言って、ぜんじろうは、しっぽをグルグル回している茶々丸の頭を撫でた。

 反対に、虎徹はしゅんとして、
「くぅーん……」
 と鳴いて甘えてきた。
「虎徹は、すまんが、留守番だ」
 ぜんじろうは虎徹の頭も撫でてやる。

「じゃあ、茶々丸、このにおいを覚えてくれ」
 そう言って、ぜんじろうは犯人のバンダナを、茶々丸に嗅がせた。

「茶々丸、俺の目を見るんだ」
 茶々丸の瞳が一瞬、暗くなり、再び輝き出した。


 ◇ ◇ ◇


 茶々丸は町中を駆け回っている。
 時には、保健所の職員や警察に追い回されることもあったが、その強靭な体力で逃げ切っていた。

(茶々丸の体力はまだまだあるけど、俺の方がもう、限界だ)
 そう。ぜんじろうの異能力には限界が来ていた。茶々丸にリンクしてから、すでに一時間が経過している。

(そろそろ、離脱しなきゃ……)
 ぜんじろうが、そう思ったとき――。

(?! このにおいだ! 見つけたぞ)

 かすかな残り香を頼りに、捜索を開始する。
 ――街は、様々なにおいに溢れている。特に食料品店、飲食店付近では、強烈な、においに阻まれる。
(いやぁ、いいにおいだ。このラーメン屋はチェックだ。いやいや、ちがう。ちがう)
 ぜんじろうは、かぐわしいにおいの誘惑に阻まれながらも、なんとか犯人の残り香を追う。
(そろそろ、本当にヤバい。いったん離脱しよう)
 そう思った時だった。急に犯人のにおいが強くなる。

「あいつだ! あいつで間違いない!」

 ぜんじろうはそう言うと、走り出した。
(よし、茶々丸! そのまま足止めだ!)


 一キロほど走ると、
 それらしい奴を見つけた。

 ぜんじろうは、その男の行く手を阻むようにして、正面に立った。
 ――そいつの名は、間宮恭太。雀ケ谷第一中学校3年生。15歳。青髪で、派手なピアスをしている。制服姿だが、かなり着くずしている。

「お前のだな? このバンダナ」

「知らねえなぁ」

「じゃあ、これでどうだ?」

 すると、茶々丸は低い唸り声を出し、牙をむきだしにする。目が合うと、跳躍して、恭太に襲い掛かった。
 恭太は、激しく吠えたて、殺意をむき出しにする茶々丸の下敷きになって、もがいている。
 ぜんじろうは、もう一度、声をかけた。
「どうだ? これでもまだ、違うのか?」

 すると、恭太は苦し紛れに認めた。
「そ、そうだよ! 俺のだ。認めるよ! だから、は、早く、こいつを何とかしてくれ!」
「わかった」
「……」
「茶々丸。そいつを放してやれ」
「……きたねぇぞ。犬使うなんて。男らしく勝負しろよ」
「そうだな。お前が望むなら、そうしてやるが、後悔するぞ」

 すると、いきなり、恭太が殴りかかってきた。

 一瞬の出来事であった。
 ぜんじろうの眼光が、鋭くなる。人の目の輝きではない。邪眼だ。

〝カウンター〟が発動――。

 恭太の顔面に強烈な一撃が決まる。
 そのまま、恭太は意識を失う。
「悪いな。俺は素手の喧嘩で、今まで負けたことがないんだ」

 ぜんじろうは、茶々丸に命令する。
「まあ、こいつに吐かせてもいいが……。茶々丸! こいつのにおいを手繰って、アジトを見つけるぞ。もう一人も見つけてやる!」


 ◇ ◇ ◇


「茶々丸、よくやった」

 ぜんじろうの目の前には、高級住宅街の中でも、ひときわ目立つ大きな屋敷があった。
「つーか、これが、アジト? ただのお金持ちの家じゃね?」
 そういうと、ぜんじろうは茶々丸に言った。
「もう一回頼む。俺の目を見てくれ」
 茶々丸は目がうつろになり、一瞬ボーっとしたかと思うと、再び正気を取り戻した。

 一時間ほどすると、制服姿で、金髪お団子頭の女子高生が、帰宅してきた。
 ――彼女の名は間宮綾香。16歳。カン太と同じ雀ケ谷南高校に通う一年生。恭太の姉だ。左目だけ青いカラーコンタクトを入れている。目つきが鋭い。輝くような白い肌は、星の砂のビーチを想わせる。

(あいつが、もう一人だな。あのバンダナには、あいつのにおいもかなり混じっていた)

 ぜんじろうはさらに思った。
(でも、可愛いな。エヘヘ……。よし、潜入捜査だ!)

「茶々丸。ご苦労だった。ここからは、違う奴とチェンジだ」
 うまいこと、すぐ近くに猫が通りがかった。飼い猫らしく首に鈴をしている。
「猫ちゃーん、こっちだ」
 舌を鳴らして、猫を呼ぶと、
「ニャーン」と猫がぜんじろうのもとに寄ってきた。
 ぜんじろうと目が合うと、動きが一瞬止まった。すぐに歩き出すが、向きを変えて、綾香の住む屋敷の方に向かっていく。

 猫は先回りして、屋敷の玄関の入り口で、ぴょこんと座って、待っていた。
 綾香が、玄関に猫がいることに気づくと、

 にゃーん。にゃーん。

 かわいい声で鳴きながら、綾香の足元にすり寄る。
 そして、猫は上を見上げた。

(うお! クールキャラかと思ったが、水色の水玉模様だ!)

「あら? どこの猫かしら?」
 そう言うと、目を細めて、綾香は猫を抱き上げた。

 にゃーん。にゃーん。にゃーん。にゃーん。

 猫はかわいい声をだして、綾香に甘えている。
(グへへへ……。ええ匂いや。ここはパラダイスじゃ~)

 そこに、弟の恭太が、帰宅してきた。目の周りに青あざができている。
「どうしたの? 恭太。その顔」
「それより、姉貴。見つかったかもしれない」
「それって、あのこと?」
「そう。あのことだよ」
「フフフ……」
「でも、警察じゃないんだ。金髪で犬を連れた高校生だよ」
「……意外ね。でも、別にどっちでもいいけどね」


 ぜんじろうは思う。
(このままでいたい……。でも、俺には漆原さんとの約束がある! こん畜生!)

 断腸の思いを胸に、ぜんじろうは猫から離脱した。



(つづく)


ご褒美は頑張った子にだけ与えられるからご褒美なのです