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ばれ☆おど!㊹

第44話 カン太vs緑子

 妖精――。
 それは澄んだ泉の湧き出る深い森に棲む神秘的な存在。その姿を見ることはできないが、確かに存在している。語りかけるようにして、人間に何かを囁いている。時に人を導く神の使徒であり、時に人を惑わす気まぐれな妖魔の類(たぐい)でもある。いずれにしても、その神秘的な美しさは人間を魅了してやまない。

 漆原うるみ。
 容姿もさることながら、その声も妖精ではないかと思えてしまうほどの美少女。
 いま、彼女は行き詰りつつある今回の作戦をすすめる上で、重要なカギを握っていた。

 カン太は、うるみをまっすぐ見つめて、手を合わせる。
「漆原さん。この前、無人島に乗り込む前に、コトリさんにいろいろ調べて貰ったよね。それでね。今回も、その、無理を承知でなんだけど、お願いできないかな?」

 うるみは少し頬を赤くして、じっとカン太を見つめる。
「ごめんなさい。あの時は勝手に私兵として、コトリを使ってしまったことで、お父様からお叱りを受けてしまったの。だから、もう……」

「あ、そうか。いや無理だとは思ってたんだ。そうだよね。もともと、漆原さんのボディーガードなわけだし、そうしているのは、漆原さんのお父さんだ」

「でも、どうするの? それじゃあ、期限内に偵察できないわ」
「それは、仕方ないさ。こうなったら、ぶっつけ本番でやるしか……」

 …………。

 その時、うるみの青みがかった瞳がキラリと光った。
「待って。おじいさまに相談してみる。諦めるのはまだ早いわ」
「え?……」
「一時間ほどで戻ってくるわ」
 そう言うとうるみは、さっと姿を消した。



 ◇ ◇ ◇


 うるみは、三十分もしないうちに戻ってきた。しかし全く息が乱れていない。
「漆原さん、どうでしたか?」
 カン太はまっすぐ、うるみを見つめている。
「大丈夫。おじい様が何とかするから、好きにしていいと仰って下さったわ」

「それじゃあ……」
「ええ。今後は私の私兵としてコトリを使います」

 すると、うるみは目を細めて、宙を睨んだ。

「コトリ。お願いがあるの」

「はい。お嬢様」

 音もなく、忽然と姿を現した赤い髪の童女、コトリ。
 勾玉のようなデザインのイヤリングがきらめいている。片膝を折り、頭をわずかに下げ、うるみの話を聞く姿勢をとっている。

「お前に頼みがあります」

 うるみはPCの画面を指さした。
「明日の夕方までに、この場所に行き、人質の状況。敵の配置、周りの地形。できるだけの情報を集めてきて頂戴」
「はっ」
「ありがとう。頼んだわ」
「では、私がいない間、お嬢様の警護は、妹のイロハが務めます」

 コトリは部室の隅に、いつの間にか、片膝をついて、頭を下げているもう一人の童女に視線を移した。
「お姉さま。お任せください」
 彼女の紫がかった薄紅色の髪は肩までかかっている。猫の耳をかたどったカチューシャが良く似合っていて、とてもかわいらしい。首には不思議な輝きを放つネックレスをしている。おそらく姉とは年齢の差はほとんどないのだろう。双子といってもいいくらいだ。
 彼女のルビーのような赤い瞳は伏せられていた。
「頼んだわよ」
 イロハを見つめていたうるみはカン太に視線を移した。
「部長。では、今回の情報収集については、私にお任せいただきます。明日の夕方には詳細をお伝えできると思います」
「心強いよ。よろしく頼みます」

 気が付くと、イロハとコトリの姿は煙のように消え去っていた。

 呆然とする部員を横目に、カン太は言う。
「そ、そうだ。あと二人いたっけ」

 今回の交換条件というのは、南校のメンバー以外に、聖アグネス女学院の深牧樹里、市立雀ケ谷高校の毛塚ぜんじろう。この二人が必要になっている。

 何か言いたいことがあるのだろう。シータがヨタヨタとかわいらしく歩いてきた。
「かわいい。かわいすぎだよ」
 綾香は思わず、シータを抱き上げて頬ずりする。
「間宮様。ありがとうございます。このままで吾川様とお話させていただいてもよろしいでしょうか?」
「うん。もちろんよ」

「では吾川様。電話番号なのですが、それは私が記憶しています。いまデータを吾川様のスマホに転送します」
 すぐに、通知音がする。
「あ、きた。じゃあ、まずは、深牧さんに連絡を取ろう」
 カン太はスマホを耳に当てる。
「あ、もしもし、あの、南校の吾川です。ちょっと大変なことになってしまいまして……あ、そうです。……それが込み入った話になるので、これから説明しにお伺いしたいのですが……あ、わかりました。それではこれからお伺いします」

 電話を切ると、カン太は向きを変えて、視線をうるみに移した。
「漆原さん!」
「……はい」
「頼みごとばかりでごめんね。漆原さんに、もうひとつお願いできないかな?」
「え? 何でしょうか?」
「うん。それがね。もうひとりの市立高校の毛塚君にも事情を説明して、応援を頼まなくちゃいけない。彼には漆原さんから言ってもらえないかな。もっとも適任だと思うんだ」
「わかったわ。すぐに連絡を取ります」
 うるみはアイフォンを片手に電話する。

 カン太は思う。
(え? なんで電話番号を知ってるの? やっぱり忍者の家系の情報網かな?)
 どうやら電話がつながったようだ。

「もしもし…………ええ。そう。あ、ありがとう。うん。要件って言うのが、ちょっと込み入った話になるの。今からお会いできないかしら……あ、あ、うん。それじゃあ」

 カン太の読みどおりに、ぜんじろうは二つ返事で受けてくれるのだろうか?



 ◇ ◇ ◇


 深牧邸に向かうカン太であるが、当然付き添いがいた。
 そう。緑子である。

「カン太。あんた顔が、にやけてるわよ」
「なんてことを言うんだ。オレはいま真剣そのものだよ」
「へー。それが真剣な顔なの。ふーん」
「緑子! なんでそんなに絡んでくるんだよ」
「別に絡んでなんてない!」
「絡んでる!」
「絡んでない!」
「あー、もういいや、お前とは口きかないから」
「…………」
 緑子が黙り込んだ。

 カン太は思う。
(やべぇ。めっちゃ怒ってる。……逃げるか? それとも、ご機嫌をとるか)

 その時、意外なことが起こる。
 あの気丈だと思われていた緑子が泣き出したのだ。
 顔に手を当てて、体が小刻みに震えていた。嗚咽を漏らしている。
 そして、声を上げて泣き出した。

「う、う、うぇーん、えーん…………」

 カン太は頭が真っ白になった。
 あたふたするも、とにかく泣かしてしまったのだ。何とかしなければという焦燥感に襲われる。
 とりあえず謝罪する。
「緑子。言い過ぎた。ごめん。この通りだ。許してよ」
 手を合わせるカン太をチラッと見ると、緑子はカン太の胸に顔を寄せた。
 カン太は優しく緑子を抱きしめる。
「本当は、お前の気持ち受け入れたいんだ。でも、ほら、オレってさ、子供の頃からお前には負けてばかりだし、オレには自信がないんだ……ごめん」
 泣きはらした顔で緑子はカン太を見つめた。
「自信なんていらないの。今のままのカン太で私は十分なの」
 カン太は、可愛らしい仕草で、甘えてくる緑子をとても愛おしく思った。
「緑子。お前……」

 二人の顔が接近する。


 パシャ、カシャン、カシャ、カシャ……


 その時である――。
 けたたましいカメラのシャッター音が響き渡った。
 その勢いは有名人の記者会見を想わせるほどである。
 カン太と緑子は振り返る。

「やたぁ! スクープげっと」

 そこには、カメラを手にする小柄な少女がいた。
 淡い若草色の髪。南国のビーチを思わせるエメラルドグリーンの瞳。
 同じ南校の制服を着ている。リボンの色から緑子と同学年の二年生。背丈といい、顔の輪郭といい、あの前新聞部部長、相沢アイリを彷彿とさせる。

「どうも! 新聞部です。ネタに困っている我が部に、このようなスクープを有難うございます。では失礼いたします」

 茫然とする二人を後にして、猛ダッシュで去っていく美少女の名は〝相沢杏子(アイザワアンズ)〟――あのアイリの妹であった。



(つづく)


ご褒美は頑張った子にだけ与えられるからご褒美なのです