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ばれ☆おど!㊺

第45話 小さなプリンセス


 ガルルルル……

 深牧邸の門をくぐると、どこかから猛獣の唸り声が聞こえてくる。
 玄関のドアの中からのようだ。
 カン太は目を瞑って、思い切ってドアを開けた。緑子はカン太の背中にしがみついている。

 ドアの向こうには樹里とその妹の幼女ミリアがいた。
 ミリアがいきなり抱きついてくる。
 樹里は困った様子だが、同時に微笑ましくその光景を見つめていた。
 カン太はよしよしと、ミリアの頭を撫でてやる。
 緑子はカン太の背中から離れると言った。
「ねえ? カン太。早く用件をすませないと。ね……」
 いつもなら、ロリコンだの変態だの絶対に罵られるのだが、何故か今日の緑子は大人しい。
 カン太は思う。
(え……? かえって怖いよ)
「……う、うん。そうだね。急ごう」


 ガルルルル……

 その時である――。
 再び猛獣の唸り声が聞こえてきた。
 カン太の表情に緊張が走る。カン太は屋敷の奥の方を見つめながら後ずさりする。
 しかし、カン太は背後から何者かに抱きつかれた。
 じつに、重い。いやこの重さは普通じゃない。
 カン太は重さに耐えられず、押し倒された。

 このままでは、押しつぶされてしまう!

 何とか頭をひねり、正体を確認すと、カン太の予測通りだった。
 巨体を誇るライオンが、カン太の上に載っていたのだ。

 ライオンの下敷きになり、カン太は手足をバタつかせてジタバタしている。

「た、たすけて……」
 カン太はライオンに押し倒され、顔をベロンベロンと大きな舌でなめられる。
 ライオンからすれば、それは愛情表現なのは明白だ。
 だが、人間からすれば、恐怖以外の何物でもない。
 そして、それだけでは済まなかった――奥の方からもう一頭の猛獣が現れる。巨大なトラである。
 一歩一歩床を踏みしめるようにしてカン太に近づいてくる。

「じゅ、樹里さん、早く……」

 その時、幼女の声がした。
「ダメ―!」

 ライオンはポカポカ殴られている。
 殴っているのは、樹里の小さな妹ミリアだ。まだ幼女だが、以前から異常なほどカン太になついている。
「ダメ―!!」

 ライオンは諦めてすごすごと奥のほうに去っていった。
 トラも残念そうにして、ライオンの後を追っていった。

「はあはあ……ミリアちゃん助かったよ」
 幼女にお礼を言うカン太であった。
 ミリアはこの上なく嬉しそうである。

 さて、大金持ちの豪邸というものは時間ばかりかかって仕方ない。
 すでに、深牧邸に来てから三十分ほど経過していた。
 この豪邸の所有者、深牧舜命の令嬢である樹里が案内する。

「お待たせしました。さあ、中へどうぞ」

 深牧樹里。
 ――サラサラの長い金色の髪をなびかせ、左がグリーン、右がブルーのオッドアイを持つ美少女。黄金比とでもいうべき抜群のバランスの肢体。それは芸術品を思わせる完璧な造形美を誇っている。

 樹里に誘われて奥の方の客間に通されたカン太と緑子は、すすめられたソファーに腰掛ける。カン太の横には、ちょこんとミリアが座った。カン太の横は彼女のお気に入りの席なのだ。

 テーブルには刺繍が施された真っ白なクロスがかかっていて、もちろんシミひとつない。気品に溢れ、その輝きはまぶしいほどだ。
 その上を彩っている鮮やかな装飾が施されたティーポットやティーカップはかなり高価なものだと、素人目にもわかる。

「さあ、冷めないうちにどうぞ」

 口をつけると素晴らしいアロマが広がって夢心地になる。

 ――などと、紅茶を味わっている場合ではない。
 カン太はさっそく要件に入った。
「樹里さん。電話で少しだけお話した件ですが、説明させて下さい」
「はい。おっしゃって下さい」
「樹里さんもご存知の、あのメデューサがまだ生きてました」
「そうなんですか……」
「今日、うちの学校に来て、あの強力な催眠術を使って、好き放題荒らしていきました。それで問題なのが、うちの学校の生徒を二人さらっていった事なんです」
「!」
「人質二人の解放条件ですが、うちの部員と、市立高校の毛塚さん、そして深牧さんが指定した時間に指定の場所まで来ることなんです」
「……そうでしたか。もちろん協力は惜しみません。ご恩がありますから」
「ありがとうございます。では協力していただけますか?」
「もちろんです。そう言えば、その場所まではどのように行くつもりですか?」
「いや、まだ、そこまでは……」
「よろしければ、うちの車を使ってください。私も車で行きたいので」
「それは、助かります。なんとお礼を言ってよいのか」
「いいえ。このくらいのことはさせて下さい」
「ありがとうございます! では明日の放課後我が校でお待ちしています」

 カン太と緑子が立ち上がると、帰る気配を察知して、ミリアが通せんぼした。部屋のドアの前に走っていって、両手を大きく広げて、仁王立ちする。彼女の口は一文字に結ばれていた。もう少しカン太にいて欲しいのだろう。
 その姿を見た、樹里は、
「ミリア、いけません。こっちに来なさい」
「いやー、まだ、お菓子たくさんあるの」
 カン太はミリアの前まで行くと、やさしく頭を撫でた。
「ミリアちゃん。ごめんね。また遊びに来るから、その時までいい子にしててね」
 そして、ミリアを抱き上げると樹里のところまで歩いていって、樹里の隣にちょこんと立たせた。
「じゃあね。ちいさなお姫様」

 カン太を見上げるミリアの瞳は、星の瞬きのようにキラキラと輝いていた。


 ◇ ◇ ◇


 一方、うるみの方はというと――
 市立高校の正門に近づくと、門の真ん中で待ち構えている様子の一人の男子生徒がいた。
 金髪ツンツン頭で、片ピアスをしている。
 うるみの姿を認めると、走って近づいてきた。
 そいつの名は毛塚ぜんじろう。
 うるみにぞっこんである。

「漆原さん! ようこそ我が校へ。さあさあどうぞ」
「ありがとう。さっそくお邪魔します」

 ぜんじろうはうるみが手に持っていた荷物に手を伸ばした。
「持つよ」
「……」
「大丈夫。任せて」
 そう言って、ぜんじろうはうるみの手荷物を持って部室まで行った。

 春休み期間なので、部室は他の部員が二名いるだけだった。
 ぜんじろうは、前部長である山ヶ城サクラの後を継いで、現在、市立高校の動物愛護部の部長になっていた。

「さあ、お掛けください」
そう言うと、ぜんじろうは一人の部員に言った。
「悪いが、お茶でも買ってきてくれ。お前らも飲め」
そう言って、小銭入れを渡した。
「では、お話をお伺いしましょう」
ぜんじろうは、聞く姿勢をとった。
「ええ、じゃあ、お話します……」

 しばらく、うるみの瞳を見つめていたぜんじろうは、うるみの話が終わると、ポツリと言った。

「それは、ちょっと困ります」



(つづく)


ご褒美は頑張った子にだけ与えられるからご褒美なのです