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ビンゴ大会の熱い夜


「ベルリン酒場探検隊レポート」

「ビンゴ」というゲームを知らない人はいないだろう。マス目に数字が書かれたカードを使う、あれだ。「ビンゴ大会」開催ポスターを酒場で見たわれわれベルリン酒場探検隊は、潜入することを決意した。大会当日われわれが目にしたものは、これまでの常識を覆す「ビンゴ」だった−−。

レポート提出者:久保田由希

酒場データ
店名:Lahn- Eck(ラーン・エック)
入りにくさ度:★★★☆☆
居心地:★★★★☆
タバコ:分煙(だが、煙がだだ漏れのことも)
ビール:Berliner Pilsner(ベルリーナー・ピルスナー)、Schultheiss (シュルトハイス)、Berliner Kindl Jubiläums Pilsner(ベルリーナー・キンドル・ユビレウムス・ピルスナー)価格はすべて0.2L 1.70€、0.3L 2.20€、0.4L 2.60€、0.5L 3.20€。

ベルリン版ファミレスか

「気になっている酒場がある」と、ある日隊員からの情報が入った。「黒板に書かれているメニューがおいしそうだ」と言う。料理が食べられる酒場は貴重ということで、さっそく探検と相成った。

食事を提供している酒場は、そうでないところよりも多少は入りやすい。それにしてもなお、誰もが気軽に入れる雰囲気ではないことは確かだ。しかし、こういう状況にはもう慣れている。われわれにためらいはない

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(酒場感あふれる入り口である)

手前のカウンターには、常連客と思しき人が2〜3名腰かけている。奥にはテーブル席が並ぶ広い部屋が続いており、その一つに腰かけた。カウンターにいた店の男性が「何を飲む?」と、すぐに注文を取りに来た。50代ぐらいだろうか、ニコニコと感じが良い。好々爺(こうこうや)と言うにはまだ若いかもしれないが、そう呼びたくなるような印象だ。

この店、いいではないか。酒場の定番ビール、シュルトハイスを頼み、飲みながら料理メニューを眺めることにした。

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ちなみに、この店のビールは0.2Lから0.5Lまで、0.1L(つまり100ml)刻みで提供している。そこまで需要があるのかとも思うが、案外「0.3Lじゃ物足りないけど、0.5Lだとちょっと多すぎるしな……」という細かい葛藤を抱く者は多いのかもしれない。いずれにせよ、良心的である。

われわれが適当に「ビール小」と頼んだところ、0.3Lが出てきた。0.1L刻みの繊細な設定の割に、大雑把な対応もまた好もしい

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(上の写真で右が0.4L、左が0.3Lである。微妙な違いがわかるだろうか)

メニューに載っている品数は多い。酒場によくあるソーセージだけでなく、本格的なドイツ料理も並んでいる。今週のメニューやランチメニューもある。

どれ……ここはひとつ典型的なものを……よし、牛肉のグラーシュを頼んでみるとするか。東欧のシチューだが、ドイツでもおなじみの料理だ。連れの隊員は、今週のメニューから馬肉のルーラーデ(肉巻き)を選んだ。

シュルトハイスを飲みながら、料理が来るのを待つ。

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やがて料理が運ばれてきた。

……これは……ほとんど同じもののようだが、よく見ると違う。左がグラーシュ、右がルーラーデである。見かけは似ているが、食べると味は明確に異なった。そりゃそうだ、一方は牛肉、もう一方は馬肉なのだから。

濃いめの味付けだが、ソースは茹でジャガイモに絡めて食べるとちょうどよい。満足である。ビールも2杯目に突入した。店の男性はたまに様子を見に来るだけで、あとはカウンターにいて客の相手をしているようだ。

適度な距離でほっておかれる、この心地よさ。
ランチも、それにケーキセットもある。
もちろんソフトドリンクもある。
そして(一応)分煙だ。

こここそ、ベルリンのファミレスと認定してよかろう。
(ただし、ドリンクバーはない)

見たこともない、満席の店内

大変満足し、その後何度か足を運んだ際に、別の隊員が店内に貼ってあるビンゴ大会ポスターに反応した。BINGOと大きく書かれた文字の下には、開催日がいくつも並んでいる。

BINGOといえば、あのビンゴだろう。一応「どうやって遊ぶのか」と聞いたところ、例の好々爺店員が「ビンゴは知っているか? 数字を揃える遊びさ。音楽やシュナップス(蒸留酒)もあって盛り上がるぞ」と愛想よく答えてくれる。

行こう、行こう、と盛り上がるわれわれに「席を予約しておこうか?」と提案してくれたが、さすがにそこまでは必要ないだろうと「ビンゴ大会の日に来るから」とだけ答えてその日は店を後にした。

そして当日。
われわれは開始時刻より30分ほど遅れて到着した。ビンゴは何時間もやると聞いていたので、時間かっきりに行くことはないだろうと思っていたのである。

それがどうだろう。
それまで数組の客しか見かけたことがなかった奥の部屋が、ぎっしりの人で埋まっているのである。「予約を入れておこうか?」という言葉の意味が、今になって理解できた

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(この部屋が満席になった光景を想像していただきたい)

DJ 好々爺

とてもじゃないが、われわれが座れる場所はない。幸いカウンターに空席があり、そこに腰かけることにした。ビンゴは既に1ラウンドを終えたらしい。歓談する人々のテーブル上には、ビンゴのカードが散らばっていた。

入り口近くの背の高いテーブルには、ビンゴ用の玉が入った球状のハンドル付き容器が置かれている。日本の商店街のくじで使うようなガラガラと似ている。

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(ハンドルを回して数字の書かれた玉を出す)

その前には、例の好々爺が座っており、ビンゴカードを買い求める客が列を作っている。
カードは1枚1ユーロで買えるらしい。初参戦のわれわれは、まずは1ラウンド様子を見てからカードを購入しようという話になった。

やがてBGMがいきなり大きくなった。

「さぁ、次のラウンドが始まります!」

マイクでMCをする今晩の好々爺。まるでDJのようだ

「ミッシュ、ミッシュ、ミッシュ!」

そう叫んで、玉の入った容器を回す。


……みしゅ、みしゅ、みしゅ? 
あ、mischen(混ぜる)のことだろうか。玉を混ぜ混ぜ、と。赤ちゃん言葉のようで、図らずもラブリーに感じてしまう。

「15!」

声高らかに数字を読み上げるDJ好々爺。そのたびに客の間からワー、キャーと声が上がる。若い客も今夜はいるらしい。

ビンゴ大会ではなくセンター試験?

数字が何回か叫ばれたところで、客の一人が好々爺の前にやってきて自分のカードを見せる。

「4、15、35、62、83……オーケー!」
と、好々爺が数字をチェックすると、客は玉入り容器の前に並んだショットグラスを手にした。中に入っているのはシュナップス(蒸留酒)だという。どうやら1列数字が並ぶともらえるらしい。

席に腰かけた客たちは、一心に数字を聞いている。数字が読み上げられると一喜一憂しながら、巨大ハンコのような極太マーカーでピンクや黄色にカード上の数字を塗りつぶしていく。そこに談笑はない。まるでゲームということを忘れさせる真剣さだ。ゲーム大会というより、センター試験のような光景である。
そもそも、あのハンコのような極太マーカーは、各自がこのために持参しているのだろうか。

それから数十分経っただろうか、1ラウンドが終了した。

複雑怪奇(?)なビンゴルール

次のラウンドで、われわれもカードを購入した。試しに1回だけやりたい、というと、細長い紙切れの一部をハサミで切って渡された。
それがこれだ。

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これは、われわれが知っているビンゴカードとは明らかに違う。ビンゴカードとは、5×5のマス目が並んだ正方形のものなはずだ。

なのに、これはなんだ。横に9マス、それが3列。空欄のマスもある。いったいどうなっているんだ。

ともあれ、まずは読み上げられた数字をつぶしていくと、同行の隊員が横1列そろった。好々爺へ見せに行くと、どうやらその前に1列そろった先客がいたらしい。シュナップスをもらえるのは、最初にそろった客だけのようだ。そして1列そろったからといって、それはビンゴではないらしい。われわれの知っているビンゴとは、何から何まで違う。

その後も同じラウンドでシュナップスをもらっている客がいる。わけがわからずに周りの客に教えを請うたところ、シュナップスをもらえる前には「真ん中の5」など、数字を読み上げる際に場所の指定があるらしい。なかなかに複雑だ。
ビンゴになるには、紙に書かれたすべての数字が読み上げられないといけないという。かなり難易度が高いのではないか。

やがてよくわからぬまま、初参戦の1ラウンドは終わった

隣の客は、われわれが持っているビンゴの紙切れを5枚も持っていた。確かに1ラウンドにつきこの程度は買わないと、当たる確率はほとんどない気がする。宝くじを連番で買うようなものだろう。われわれは1ユーロで十分に楽しませてもらったから、よしとしよう。

後日談

同行隊員が調べたところ、この「9×3マス空欄ありビンゴ」はイギリス式ビンゴで「ハウジー」とも言うらしい。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B8%E3%83%BC?fbclid=IwAR3Nw_kAKZ0UrKXa_XZASE5P3EpC-RYL-oSJQSVtGTpDWWlBWb7XOQxLWEM

周りのドイツ人にビンゴの紙切れを見せたところ、「こんなのは見たことない。ドイツではビンゴはそれほどメジャーじゃないし」との返答を得た。しかしわれわれは、酒場でのビンゴ大会の熱い夜を知っている。あるところには、あるのだ

ベルリンのさらなる秘境酒場の開拓と報告のために、ベルリン酒場探検隊への支援を心よりお待ち申し上げる。