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良い気分でいれば現実が変わる?

良い気分でいれば、とか、ポジティブでいれば、とか。
そうすれば、良い現実が来るよ、とか。
そんなことを聞きかじってしまうから、おかしいことになる。
現実を良くしたくて、全然良い気分になんてならないのに、変な自愛とかしちゃうから「ちぐはぐ」になるのよ。


思考と感情というのは同じものではないけれど、思考した先に感情がぶわっと来ることが多いのは事実。

だから私は、過去を引っ張ってきてそこにどっぷり浸からないようにしている。
本当の意味での良い気分になりたいなら、ここを無視できない。
まず、普段の自分の思考パターンを把握することから。
良い気分になるためにカフェでコーヒー飲んでるのに、飲みながら嫌な事とか不安心配を反芻してしまうようなら、コーヒーはただの飲み物でしかないし、一番外側の情報をサッと撫でて良い気分でいるような気分でいるようなもの。
どんな場所にいても、何をしていても、今ここの瞬間を感じていられるならば本当はコーヒーなんて必要がないんだから。

エセポジティブ、ともいうよね。
ずっと私はそこにぶら下がっていたからよくわかる。
自分の中の核の核の部分が納得してないのに、頑張ってポジティブになろうとするからかえって苦しくなる。
やっぱりできないじゃん、とモヤモヤ。
そもそも良い気分になろう!って決めてなれるものではないんだから。
これが消化できずに積み重なって、積み重なって、現実変わらないどころか、嫌な現実や果てには強制終了が起こる。
とはいっても、別に嫌な現実も強制終了も自分の捉え方次第で嫌な事でもなんでもないことは後々わかるので、起きちゃダメでもないし、起きたからダメとかでもないのだけれど。


日常の全てをポジティブになんてできなくて、ポジティブになることが良いわけでも無くて。
自分の思考のクセをどう扱っていくか、だと思う。
朝起きた時にどんなことを考えている?
通学通勤中は?
仕事中は?
家事をしている時は?
お風呂に入っている時は?
と、1日中どんな場面でどんなことを考えているか、どんなタイミングで嫌な事を思い出しているかを把握していくと、少しずつ見えてくる。

ただの反芻でしかなくて、今起きていない事でグルグルしていることに。

それを少しずつ少しずつフラットなところに移動させるだけ。
反芻しない、無駄なことに貴重な時間を使わない。
これだけ。
良い気分になる必要なんてなくて、凪のようなところにいられるようになれば、それでいい。

いつからか私は現実を変えたいがために行動もせず同じところにとどまっていたけれど、これが腹落ちしてからは、本当の意味で良い気分になれることがどんどん増えた。

ちなみに。
嫌な気分があるから、良い気分というのがわかる。
っていうことも忘れずに。


Enjoy!!!




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