シャワーを浴び、脱衣所を出るまでの彼女

最後に鏡を見てから、何人と会話をしたかを数えている。少なくとも、最後にトイレで見たときには出ていなかった。そこから約2時間。面と向かって、お疲れ様と挨拶した同僚が二人、一緒に帰った後輩が一人。そこから駅のホームで5分、電車内に約20分。コンビニのレジは学生っぽいイケメンだった。会話は4人。出会ったのは数十人。会話が4人ならまだいいか、いや、本当にいいのか?でもシャワーを浴びたせいかもしれない。でも確実に言えるのは、今出ているということ。しっかり出ている。鼻毛が。太めの濃いタイプのやつが。ひょっこりレベルではない。でも同僚にも後輩にも何も言われなかったということは出ていなかったのだろうか。視線も感じなかった。でも、もし自分がそっち側の立場だったら指摘するか?勘付かれるような視線を送るか?いや送らない。なんならできるだけ鼻は見ない。気づかせて恥をかかせてはいけないと、姑息に見過ごすだろう。真実は、気づかせるほうが正義で、ずっと出ているほうが恥なのは決まっているのに。逃げていた、これは今までの報いだ。ツケだ。ついにバチが当たったんだ。二人の同僚には後で笑われていることだろう。後輩にはSNSで晒されている。コンビニのイケメンには失望された。あだ名をつけられたかもしれない。「毎日くるあいつ、さっき鼻毛出てたわ〜」「それ鼻子じゃん」「鼻子って、どこの鼻子だよ!」「吉祥寺の鼻子だよ!」「ハハハ!!!」ってきっとLINEで言われてる。もう、笑おう。笑うしかない。笑われた分、笑ってやろう。取り返してやろう。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!ダメだ。恥ずかしすぎて死にたい。明日会社行きたくない。でもとりあえず鼻毛を切ろう、話はそれからだ。鼻毛用のハサミを取りに脱衣所を出ようとし、グッと堪える彼女。「せめて、こいつだけは私が成敗せねばならない」。受験に就活、契約…。いくつもの試練をくぐり抜けた黄金の右手で鼻毛を抜いて、ティッシュにくるんでゴミ箱に投げ捨てる。

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