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M-1グランプリの新たな挑戦:字幕導入による笑いの拡大

M-1グランプリに字幕が導入された背景

 2023年12月24日、M-1グランプリにおいて、初めて字幕が導入されるという、大きな進展がありました。

 以前から、SNSなどを通じて多くの人々からM-1グランプリへの字幕導入の要望がありました。例えば、去年、以下のポストには多くの反応が寄せられ、制作担当者にもその声が届いていたようです。

 女性自身の取材に対し、朝日放送テレビの担当者は字幕制作の課題について次のように言及していました。

「M-1グランプリは、スポーツ中継などほかの生字幕番組に比べて、音声(掛け合い)のスピードが速いため、生字幕の付与に際して、文字起し担当者に求められる速度や難易度が非常に高くなります。
このため、字幕表示の大幅な遅延、また、言葉数が多く被せることもあるために字幕が時間内に収まりきれず、端折らざるをえないケース、あるいは誤表記となってしまうケースが多発することが予想されます」

【女性自身】「M-1に字幕をつけて」の声にネットで賛否…朝日放送テレビが明かした導入への“ハードル”
https://jisin.jp/entertainment/entertainment-news/2164117/

 そして、「生字幕の正確性とその許容度合いのバランスを見極めながら、引き続き生字幕付与に向けて検討してまいります」との前向きな回答がありましたが、今回、実現されたことを大変嬉しく思います。

懐かしのテレビ夜話:ドリフと字幕のない時代

 昭和50年代初頭のテレビには字幕がなく、聞こえない私にとって、セリフがなくても内容が理解できる「ドリフターズ」の番組「8時だョ!全員集合」は唯一の楽しみでした。家族が笑っているとき、私だけが笑えないことが多かったのですが、この番組ではみんなと同時に笑える、とても貴重な体験でした。

スクリーンとステージの進化:字幕によるエンターテインメント体験の変化

 エンターテインメントには、テレビ(主にバラエティ番組)、映画、劇、コンサートなどが含まれますが、それぞれの字幕付与の状況はどのようになっているのでしょうか。

 テレビでは、昭和50年代の終わりごろ(昭和58年10月3日)にNHK連続テレビ小説『おしん』で初めて字幕が付与されました。しかし、字幕を見るためには約10万円のアダプター(文字放送デコーダー)が必要で、多くの人にとって字幕の視聴が困難な状況が続いていました。詳細は下記の記事をご覧ください。

 その後、字幕付与技術の進歩や、アダプターなしでも字幕を表示できるようになるなどの進展により、字幕付与される番組が増加しました。

テレビにおける字幕付与状況

 総務省が発表した令和3年度のテレビにおける字幕付与の状況によると、字幕付与されている番組は全体の約6割から約8割とのことです。ただし、複数人が同時に会話を行う生放送番組や、権利処理上の理由で字幕を付けられない番組を除外すると、NHK 総合テレビ、NHK Eテレ、在京キー5局いずれも字幕付与率は100%になります。生放送のエンターティメント番組では、複数人が同時に会話を行うため、技術的に字幕付与が困難であり、字幕がないことが多いと推定されます。

総放送時間に占める字幕放送時間の割合
NHK 総合テレビ:88.9%
NHK Eテレ:85.1%
在京キー5局(日本テレビ、TBSテレビ、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京):67.8%

映画における字幕付与状況

 映画では、洋画の大部分が吹き替え版と字幕版の2本立てで提供されていますが、邦画の字幕付与率は約10%しかありません。字幕普及が進まない理由としては、字幕制作の費用対効果や字幕付き映画の認知度の低さが挙げられます。詳細は以下の記事をご覧ください。

 映像コンテンツに対する字幕などのバリアフリー活動を行っているNPO法人メディア・アクセス・サポートセンターが、以下のサイトにて、邦画での字幕付与の情報を公開しています。スクリーンに表示される字幕の他、スマホやスマートグラスで字幕を見れる映画についても掲載しています。関心のある方は、ぜひともご覧ください。

劇における字幕付与状況

 紺家(2012)によると、字幕付与は約0.1%とのことで、字幕普及が進まない理由としては、映画と同様に以下の理由があるとのことです。

字幕付与が進まない理由としては費用対効果の問題もある.日本語字幕制作は漢字等の影響により欧米と比較して5倍のコストがかかるといわれている.障害者団体からバリアフリー化の要望は上がっているが,利用者の大部分にあたる健常者にとって邪魔になる字幕は敬遠される傾向にある.

日本科学教育学会年会論文集 Vol.36(2012)
バリアフリー演劇における聴覚障害者向け字幕表示方法の提案
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssep/36/0/36_179/_pdf
太字部分は筆者が付与

 演劇におけるバリアフリーを推進しているNPO法人シアターアクセシビリティネットワーク(TA-net)が字幕付与の情報を公開しています。

コンサートにおける字幕付与状況

 コンサートにおける字幕付与は、極めて少ないのですが、BTS釜山コンサートで字幕付与した事例があります。

 なお、字幕ではなく、手話通訳を付与することについては、以下の記事がよくまとまっているので、関心があれば、ぜひともご覧ください。

字幕によるエンターティメントの未来

 エンターテインメント業界では、ろう者や難聴者が聴者と同様に楽しむことが、各種法律によって求められています。しかし、高速で重なる会話や複雑な音響効果などの技術的な困難さ、さらに繊細なニュアンスや文化的背景を字幕に反映させることの難しさなど、文化的な課題も存在します。それにもかかわらず、M-1グランプリのような挑戦的な取り組みは高く評価されるべきです。私自身もこの番組を視聴し、お笑いの雰囲気を味わうことができ、それは貴重な経験でした。今後、他のエンターテインメント分野にも字幕が広がり、字幕付与の技術が向上し、よりリアルタイムな配信が実現されることを期待しています。
 また、現時点では、TVerにおいて、M-1グランプリには、字幕が付与されていませんので、今後はこちらにも字幕が付与されることを願っています。

参考情報

字幕付与を推進する法律

障害者差別解消法:障害を理由にした差別をなくすために「合理的配慮(*2)」を義務づける法律で、2024年4月から民間企業にも対象が広がります。「合理的配慮」の中に字幕付与も含まれます。
(*2)事業者が、障害のある人から要望を受けた場合、バリアを取り除くために当事者間で話し合って、対応策を提供すること

障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法:障害のある人々が情報やコミュニケーションに関するサービスにアクセスしやすくすることを目的とした法律です。この法律の中で、主に聴覚障害者が情報にアクセスするための手段の1つとして、字幕を挙げています。しかし、法律の具体的な実施方法や義務付けの範囲は、関連する政策やガイドラインによって詳細が定められることになります。

字幕制作・支援・普及の制度・団体のご紹介

 最後に、各エンターテイメント分野で字幕付与の制作・支援・普及の制度や団体をご紹介いたします。

テレビ

NICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)では、TV番組においての字幕制作の助成金制度を設けています。

映画・劇

独立行政法人日本芸術文化振興会では、映画や劇などの芸術・文化活動の字幕付与の助成金制度を設けています。

NPO法人メディア・アクセス・サポートセンターは、映像コンテンツに対する字幕などのバリアフリー活動を行っている団体です。Hello! MovieUD Castのアプリを提案し、普及促進をしています。

NPO法人シアター・アクセシビリティ・ネットワークは、観劇におけるアクセシビリティ向上に取り組んでいる団体です。

THEATRE for ALLは、演劇・映画などの作品のアクセシビリティに取り組んでいる団体です。

一般社団法人日本障害者舞台芸術協働機構は、多様な人が舞台芸術を鑑賞できるようにするための鑑賞支援サービスを提供している団体です。

有志団体「IROIRO」は、コンサートに手話通訳を付与するための活動をしている団体です。今後、字幕付与にも取り組んでいく予定とのことです。

 なお、舞台ファン、舞台関係者、手話通訳、文字通訳、音声ガイド制作者等の有志が集まって、帝国劇場をはじめとするあらゆる劇場がアクセシブルになり、障害がある人もない人も一緒に楽しめるようになることを願うオンライン署名を集めていますので、関心のある方は、ぜひとも署名や拡散に協力いただけると幸いです。よろしくお願いします。

 以下に挙げるのは、字幕付与を手掛ける企業です。字幕付与を含むバリアフリー化に関する全般的な相談に応じています。ぜひご利用ください。

 ちなみに、パラブラ株式会社は、タカハ劇団 第17回公演「美談殺人」において、バリアフリー字幕を担当されました。

 以上の情報が皆さまの字幕付与に関する理解を深め、さらなるバリアフリー化の推進に役立つことを願っています。ご質問やご相談がありましたら、以下からいつでもお気軽にお問い合わせください。

あらゆる人が楽しくコミュニケーションできる世の中となりますように!