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この1枚 #5 『What's going on』 マーヴィン・ゲイ(1971)

Rolling Stone誌が選ぶ「歴代最高のアルバム」の1位に選出されたマーヴィン・ゲイの『What's going on』。多層的に構成されたサウンドもさることながら、強烈な社会性のあるメッセージは、現代も普遍性を持ちながら我々の心を揺さぶり続ける。


歴代最高のアルバムNo. 1

What's Going on』は、Marvin Gaye(マーヴィン・ゲイ)が1971年5月に発表したアルバム。
Rolling Stone』誌が選ぶ「歴代最高のアルバム」が、2020年に更新され、前回の6位から大きくアップし1位に選出されています。
おりしも「Black Lives Matter」運動が高まりを見せたこの年。
黒人ミュージシャンが社会的なメッセージを込めた本作が、1位となったことも象徴的な結果と言えます。
参考までに、2012年のベスト1はビートルズの「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」でした。
今回の調査では本作以外にスティーヴィー・ワンダープリンスローリン・ヒルと黒人ミュージシャンの作品が、10位内にランクインしました。

雨に打たれて佇むマーヴィン・ゲイ

メッセージ性の強い作品だけに、歌詞がわからない日本ではここまで評価が高いのは意外に感じるかもしれません。
1971年発売時の邦題は『愛のゆくえ』。
当時のモータウンはラブソングが主流だったので、プロテストソングだらけの本作に対して不安を感じて、内容をぼやかそうとする意図があったのか。
アルバムの本質を見誤る、迷走を呼ぶ邦題となります。

What’s Going On発売の経緯

ベリー・ゴーディとの対立

What's Going onのシングルでの発売に際しては、反戦ソングはモータウンに不似合いという理由で、モータウンの社長ベリー・ゴーディはこの曲をリリースすることに反対します。
映画『メイキング・オブ・モータウン』にはその辺りの対立の経緯も描かれます。

2019年に設立60周年を迎えたモータウンは、What's Going onのビデオを制作。社会的弱者の生活に悲惨な影響を及ぼしている未解決の問題を、この名曲と結びつけながら制作しました。

レナルド・ベンソンとフランキー・ゲイ

マーヴィンは最初から反戦歌を作ろうとしてWhat’s Going Onを制作したわけでなく、当時葛藤を抱えて引きこもり状態だった彼が、様々な出来事と出会い紆余曲折を経て、本曲の完成に辿り着きます。

この歌のクレジットには、マーヴィン・ゲイの他にモータウンのスタッフだったアル・クリーヴランド、そしてフォー・トップスレナルド・ベンソンが共作者として並んでいます。
ベンソンは、サンフランシスコで反戦運動を行っていた若者と警官隊の衝突を目撃し、後にWhat’s Going Onとなる曲の歌詞を書きました。
1968年キング牧師が暗殺されると黒人暴動がベトナム反戦運動とも連動し、学生運動が激化、サンフランシスコもそれらが盛んな地域であったようで、黒人であるベンソンの受け止めも深刻であったのでしょう。

当初はフォー・トップスとしてリリースしようとするが、政治的過ぎるとメンバーから却下されます。
ベンソンからデモを聴かされたマーヴィンは当初乗り気でなかったというが、兵士としてベトナム戦争に派遣されていた弟フランキー・ゲイから戦場の悲惨な状況を聞いたことで、制作を決意します。

当時のマーヴィンはデュエットパートナーだったタミー・テレルが、脳梗塞によってこの世を去り(1970年3月)、ショックからしばらく引きこもり生活を送っていました。
そんな中、What’s Going Onという曲のルーツに出会ったのです。

1970年6月から、What’s Going Onは録音されます。
聴かされたベリー・ゴーディは「人生で最悪のもの」と述べ、政治的な楽曲のリリースはファンの離反を招くと反対します。
マーヴィンはストライキを行い、ゴーディを説得し続けます。
そして1971年1月にシングルが発表されると、R&Bチャート1位、ポップ・チャートでも2位に達するヒットを記録。

これを受けゴーディはアルバム作りを承認します。
What’s Going Onのメッセージを全編に散りばめたコンセプチャルなアルバムとして、わずか10日間で完成させアルバム『What’s Going On』は1971年5月にリリースされます。本作はソウルのレコード史上初めてのコンセプトアルバムとなるのです。

ベトナム戦争からの影響

What’s Going On(A-1)

Mother, mother」と言う有名な呼びかけから始まるから静かに始まるこの曲は、第二節には「war is not the answer(戦争は答えじゃない)」と歌われ、さらに第三節で「Picket lines and picket signs」と言った社会運動の専門用語も登場、徐々にプロテストソングだと人々は気づいていきます。
※picket line‥ストライキなどの際、妨害者の通行を阻止するためにつくった横隊。日本語では学生運動で「ピケを張る」などと使用される。

ジェイムス・ジェマーソンのうねるベース、コンガによる柔らかいリズム、偶然重ねたマーヴィンの2つのボーカル。そこに荘厳としたストリングスが被さり、緻密で多層的な編曲による荘厳な音像に包まれます。
アルバム全体も「組曲What’s Going On」風に、同じトーン&マナーで展開されて行きます。

What's Happening Brother(A-2)

What’s Going Onからシームレスに始まる2曲目のWhat's Happening Brother。これも弟フランキーの戦争体験をもとに書かれた曲。What’s Going Onが示唆的な表現なのに対して、「戦争は地獄さ...いつ終わるんだ?」など、より踏み込んだ具体的な内容で、曲調も含めて続編のような内容になっています。

Flyin' High (In The Friendly Sky)(A-3)

組曲のように前の曲から続くFlyin' High (In The Friendly Sky)
「ハイになってやさしい空を舞う/みんなの遺体を運んだ/明日も 死と隣り合わせ」と歌われるこの曲は、ベトナム帰還兵のヘロイン依存を題材としています。
What’s Going Onからこの曲までは変奏曲のように、弟から聞いた「ベトナム戦争の悲劇」と言う主題を、深掘りして展開されます。

子供の貧困と環境破壊

Save The Children(A-4)

これもアル・クリーヴランドレナルド・ベンソン(フォー・トップス)との共作。「壊れていく世界を救うために、苦しむ子供達を救うために、立ち上がれるのか?」と問いかけるシリアスな歌詞。
マーヴィンの語りとボーカルがコール&レスポンスのように厳かに展開し、対照的に高速で動き回るジェイムス・ジェマーソンのベースが驚異的です。
後半になるとジャズのようなリズム展開となりつつも、ゴスペルのようなコーラスとストリングスが絡む様は極上かつスリリングな音楽体験です。

Mercy Mercy Me (The Ecology)(A-6)

Mercy Mercy Me (The Ecology)は2枚目のシングルとなり、チャート4位に達し、R&Bチャートでも1位になりました。
Save The Childrenとの橋渡しにA-5のGod is loveinterludeのように使って、一大組曲としてA面は終わりを告げます。

The Ecologyという副題でわかるように、テーマは環境破壊ですが、「廃棄された油が大洋や僕らの近海を汚し魚は、水銀でいっぱいだ」と、かなり直接的で刺激的な表現です。
さらには放射線を意味するRadiationも出てくるので、今の日本では放送禁止になりそうです。
これがヒット曲になるのだから、そこはアメリカですね。

今では頻繁に使用されるEcologyという言葉ですが、一般市民や消費者にも広がって行くのは1980年代後半です。
ピーター・バラカン氏も「僕は当時20歳で、Ecologyという言葉はこの曲で知ったと思います。50年前にはEcologyなんて誰も言ってなかったし、少なくとも歌のタイトルに使われたのは初でしょう。」と語ります。
当時としては先端的感性であり、反戦、ドラッグ、子供の貧困と来て環境問題まで歌われたこのアルバムの革新性が窺い知れます。

A-4のSave The Children、A-5のGod Is Love、A-6のMercy Mercy Meへは、ほぼ同じサウンドがシームレスにつながっており一つの組曲となっていて、続けて聴くことをお勧めします。
因みに、ベースはA-5までがジェームス・ジェマーソンで、A-6からはボブ・バビットが担当し、その違いも楽しめます。

歌詞とシンクロするマーヴィンの表情

ベースの役割

ジェームス・ジェマーソン

モータウンのレコードで認められていなかった、ミュージシャンの名前を初めてクレジットしたのもこの作品です。
黒子であったFunk Brothersが陽の目を見た瞬間です。
元々はドラマーだったマーヴィンは、リズムの組み立てにも力を発揮し、セルフプロデュースによって、今までのモータウンサウンドとは一線を画す、ジャズ的でポリリズムを強調した音作りを仕上げます。

特にA面の5曲目までのベースを担当したジェームス・ジェマーソンの貢献度は抜群。
What’s Going On録音時には、泥酔していたため無理やりスタジオに連れてこられて、床に寝そべりながらベースを弾いたという逸話があります。

もともとはアップライトベースの奏者であったジェマーソンは、人差し指一本のみで弾いていて、人差し指は尊敬を込めて「ザ・フック」という愛称まで付いていたといわれています。
ポール・マッカートニーは彼をヒーローと語り、チャック・レイニーはジェマーソンに勧められてワンフィンガー奏法を始めたといわれています。
ワンフィンガー奏法によるジェマーソンの貴重なライブ映像。

Detroit Mix

オリジナルの前にデトロイトでミックスされたDetroit Mixというお蔵入りしたバージョンが存在しており、2001年にリリースされました。
ストリングスなどの装飾は抑制気味で、ベースなどのリズムが強調されていて、ジェマーソンのベースも目立っていてオススメです。

繰り返されるWhat’s Going On

Inner City Blues(B-3)

「ロケット。月打ち上げ
持たざる者達にその金を使ってくれよ
俺たちが稼いだ金は
おれたちが目にするまえに、お前らが巻き上げちまう」
という強烈な歌詞から始まるInner City Bluesは、Inner City=都市部の貧困について歌っています。
曲をグイグイ引っ張るベースは、白人ベーシストのボブ・バビット

最後は再度Mother, motherとWhat’s Going Onがリプライズとして引用されて本作は終わり、コンセプトアルバムであることが印象付けられます。

カバー

最後に、多くある本作のカバーからいくつか紹介します。

What’s Going On/Donny Hathaway

1972年の「Live」より。Donny Hathaway 本人がelectric piano、Phil Upchurch がguitar、Willie Weeks がbass、Fred White がdrumsというメンバー。

Save The Children/Marlena Shaw

1972年の「Marlena」より。Cornell Dupree (guitar)、Gordon Edwards(bass)などが参加。

Save The Children (SaLaAM ReMi Remix)

Jamiroquai、Alicia Keys、Amy Winehouseらスーパースター達のヒットの立役者でもあるプロデューサー、Salaam Remiによるremix。

Mercy Mercy Me/Robert Palmer

カバーの多いMercy Mercy Meですが、白人ながら見事に歌いこなすロバート・パーマーのカバーが秀逸です。1990年の「Don't Explain」より。

What's Going On 〜Inner City Blues / H.E.R.

最後は現代。
2021年H.E.R.がWhat's Going On 〜Inner City Bluesをメドレーで。

ベトナム戦争の終結

本作がリリースされた1971年はベトナム戦争反対の機運も最高潮となり、多くの反戦歌がリリースされます。

Have You Ever Seen The Rain?/CCR

IMAGINE /John Lennon

そして4年後、1975年4月首都サイゴンが陥落し、南ベトナム政府は無条件降伏しベトナム戦争が終結します。
アメリカがベトナムに本格的な介入して10年、戦死者56,000人、戦費は45兆円という高い代償を残して幕を下ろしたのです。

マーヴィン・ゲイは1984年4月父マーヴィン・シニアの発砲により、あえなく最後を遂げるのでした。

ウクライナ、イスラエルと世界各地の紛争は紛争は止む事は無く、地球環境の破壊にも拍手がかかり、また貧困問題や格差も永遠の課題として横たわります。
1971年に本作で嘆いた課題は、普遍的なものとして今も我々に突き刺さるのです。




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