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この1枚 #3 『Heavy Weather』 Weather Report(1977)

フュージョンの最高傑作と評価されていますが、ジャズやプログレ、アフロ、ラテンなど、あらゆる世界のリズムとサウンドを詰め込んだ歴史的なこの一枚。そして、ウェイン・ショーター、ジョー・ザヴィヌルにジャコ・パストリアスと言う史上稀に見る3人の天才ミュージシャンが、一同に揃った最盛期のWeather Reportは必聴です。


ウェイン・ショーターの伝記映画

今年の3月に89歳で亡くなったWayne Shorter(ウェイン・ショーター)
そのウェイン・ショーターの伝記映画『ウェイン・ショーター:無重力の世界(Zero Gravity)』がこの8月25日、90歳を迎えていたはずの誕生日に、Amazon Primeで公開されました。
この内容が余りにも素晴らしく、彼の音楽を再度、深く聴いてみようと一念発起しました。映画はシリーズもので3話まであり、幼少から現在まで彼の音楽の歩みと共に私生活の苦悩までもが、包み隠さず描かれます。
ハービー・ハンコックジョニ・ミッチェルなど、友人のミュージシャンも証言者として登場します。
必見!

自分が所有しているショーターの関連のアナログはソロ作品はなく、彼が所属したWeather Report(ウェザー・リポート)の『Mysterious Traveller』と『Heavy Weather』の2枚。ショーターの代表作ではありませんが、『Heavy Weather』こそがジャズの領域を超えた時代の名作です。

Heavy Weather=荒天を表すタイトルとジャケット

セールス的にも極めた『Heavy Weather』

Heavy Weather』はWeather Reportの8枚目のアルバムで1977年3月に発表され、「ジャズ・アルバム・オヴ・ザ・イヤー」に選出されました。
加えて、ジャズ界では珍しく、全米アルバム・チャートの30位にも入り、プラチナ・アルバム達成(売り上げ100万枚)と大きな成功を収めました。
プラチナアルバムを獲得したジャズアルバムと言うとハービー・ハンコック の『Head Hunters』など数える程しかなく、売上的にもジャズの壁を突き破り、幅広く様々なリスナーに聴かれた作品です。
ウェイン・ショーターJoe Zawinul(ジョー・ザヴィヌル)との双頭バンドであったWeather Reportは、ベーシストのJaco Pastorius(ジャコ・パストリアス)が本作の直前に参加したことが起爆剤となり、ジャズを超えたスーパーバンドへと変貌し、ロック的な人気をも獲得するのです。

Birdland(A-1)

冒頭のBirdlandジョー・ザヴィヌルによるもので、バンドを知らずとも、誰もが聴いたことのある有名曲で、シングルヒットにもなり、この曲の存在がまたこのアルバムとバンドの知名度を一気に押し上げました。
Birdland」はニューヨークの有名なジャズクラブで、オーストリア出身のザヴィヌルはそこに通い詰め、そこでカウント ベイシー、ルイ・アームストロング、デューク・エリントン、マイルス・デイヴィスなどに出会い、そこへのオマージュとなっています。

マンハッタン・トランスファーは、大胆にもこの曲に歌詞を付けた1979年のバージョンでグラミー賞を受賞しました。

ザヴィヌルによるシンセ・ベースから始まり、続いてジャコ・パストリアスの人工ハーモニクス奏法による、ベースとは思えないギター並みの高音の演奏は衝撃を与えました。
ジャコは" Co-Producer"としてクレジットされ、加入直後ながらProducerのザヴィヌルと共に本作を主導するのです。
原曲は既にライブで披露されていたDr.Honoris Causaで、これにジャコのベースをフューチャーする形で新曲として仕上げたのです。

また、Miles Davisのソロが聴けるQuincy Jonesのバージョンも素晴らしいです。

A Remark You Made(A-2)

A Remark You Madeザヴィヌルジャコの美しいフレットレス・ベースの音色を生かすために書いた名バラードです。
以前はクラプトンフリークだった自分は、90年代のライブのLaylaでイントロにこの曲のベースソロが流れた時に、「ロマンチックなアレンジだ」と感嘆しましたが、実はこの曲から拝借したわけです。
当時のベースがNethan Eastで、後日納得したわけです。

ここではショーターのテナー・サックスも十二分に楽しめ、その後はジャコのベースとのユニゾンに移行しますが、ここの展開は出色です。
アドリブの入る余地のない映画音楽のような多分譜面通りで、ジャズらしからぬ展開だが、この曲の価値を落とすことにはならない名曲です。

Teen Town(A-3)

Teen Townはジャコの曲で、ベースだけでなくドラムも彼が叩いています。
A面の3曲目まで聴いて、本作の主役はジャコと誰もが気付きます。

ウェイン・ショーターはこう語る。

「ジャコが加入してきたとき、〝私たちに必要なのはこれだ!この男だ!〟と直感したんだ。そこで私とジョーは、〝ジャコを前に出そう〟と決めた。
ジャコがステージの前に出ていくと、若い連中は大喜びするようになったんだ。ジャコのパフォーマンスはまるでショーだった。若者にしてみたら、ジャコは最高のヒーローだったんだろう。彼が加入したことによって、ウェザー・リポートは本当のスタートを切ったんだよ。それまでは黒人のファンが多く、黒人バンドと見られていた。だけどジャコが入ってきて、観客にも変化が起きてきた」。

ジャコ・パストリアス魂の言葉

創始者の2人で、ジャコを主役として押し立てようと、意図的に役回りを決めていたのですね。

ジャコを崇拝するMarcus Millerによるカバー。

Weather Reportがジャコを迎えるまで

Weather Reportは、ジョー・ザヴィヌルウェイン・ショーターの2人が中心になり、1970年に結成されました。 
ショーターの映画によると、名前は当初Evening Newsと言う案があり却下され、誰もが関心を持つ天気予報を指すWeather Forecastが提案され、最終的にはショーターのアイデアでWeather Reportに落ち着いたようです。
同時ジャズは、大規模な公演を打ちまくるロックに対抗するために、バンド形態がトレンドとなりますが、Weather Reportはその先駆けでもありました。
チック・コリアはReturn to Forever、ハービー・ハンコックはHeadhuntersとバンドの命名は花盛りとなります。さらにはTony WilliamsLifetimeCrusadersとフュージョン界はロック的なネーミングが主流となります。

ショーターは1964年から、ハービー・ハンコック(ピアノ)、ロン・カーター(ベース)とトニー・ウイリアムス(ドラム)と共に第2期マイルス・デイヴィス・クインテットに在籍し、黄金のクインテットを形成します。
一方のジョー・ザヴィヌルは1970年のマイルスのアルバム『Bitches Brew』に参加、その時期に旧知のショーターとスタジオで再会し、Weather Report結成に至ります。ベーシストにミロスラフ・ヴィトウスを迎え、この3人を軸に、ドラマーにアルフォンス・ムゾーン、パーカッショニストにアイアート・モレイラドン・ウン・ロマンで結成されます。
1974年のアルバム『Mysterious Traveller』制作途中でベーシストがミロスラフ・ヴィトウスから黒人のアルフォンソ・ジョンソンへと交代することになり、ファンク風のグルーヴへと変貌します。
基本はショーターとザヴィヌルの双頭バンドでありつつも、節目節目のサウンドの移り変わりにベーシストが交代し、3代目のジャコで大当たりしたわけです。

ジョー・ザヴィヌル  ウェイン・ショーター ジャコ・パストリアスにアレックス・アクーニャ (ドラム ) 、マノロ・バドレーナ (パーカッション)の5人編成

Rumba Mama(B-1)

前年夏のモントルー・ジャズフェスにおけるライヴ音源から、Manolo BadrenaAlex Acunaの2人のパーカッション奏者の演奏を、ザヴィヌルが編集。
ペルー出身のAlex Acuna(アレックス・アクーニャ)は、前作ではパーカッション担当だったが本作よりドラマーに転向している。
アルフォンス・ムゾーンやサンタナにいたグレッグ・エリコチェスター・トンプソン、そしてアレックス・アクーニャ。ドラマーはその次のピーター・アースキンまで定まらない状態が続きます。
1977年リトル・フィートのMidnight SpecialでのライブにWeather Reportがゲスト出演。その時のRumba MamaTeen Townですが、この共演に衝撃を受けたフィートはフュージョン路線を追求し、後にDay at the Dog Racesを作ります。

Palladium(B-2)

Palladiumはショーターの作品で、アフロ風パーカッションにベースを乗せ、その上にサックスとシンセサイザーがソロをとるというナンバー。
プレーヤーとしてだけでなく作曲家としても評価される、ショーターの面目躍如です。
本作ではザヴィヌルとジャコに主導権を奪われた感のショーター。曲の提供もPalladiumともう一つの2曲に留まっている。
映画で描かれるのは、この時期の彼の苦しい家庭の内情だ。
2番目の妻のアナ・マリアとの間に生まれた娘イスカはてんかんの発作があり、ツアーで不在がちのショーターの留守を預かる妻は孤独に苛まれ、夫婦間は危ういものなっていました。
そんな精神的な不調もあり、彼自身自らこの時期は一歩引いたのではないかと、映画を観て理解した次第です。
そして、数年後には更なる不幸が彼を襲うのですが、それは映画を観ていただきたいと思います。
映画の中では自らの不作為を含めて包み隠さずに曝け出す、彼に好感を持たざる得ませんでした。

北欧のサックス奏者Fredrik Ljungkvistによる自身のカバーを見つめるショーター夫妻。

Hanova(B-4)

そしてラストを飾るのはジャコのHanova
もちろん、ジャコのベースが中心となりますが、ザヴィヌルとショーター3人の絡みが冒頭からエキサイティング。そして、中盤からのジャコのベースソロが白眉で、曲の構成も素晴らしい。

2022年にデビューした男女デュオDOMi & JD BECKによるカバー。
彼らについては以下の記事が詳しいです。

ロックとのコラボレーション

この頃のジャコは急速に活動の場を拡大し無名の存在から一気に時の人へ。Weather Reportに1976年の4月に正式に加入した後は、ジョニ・ミッチェルが同年11月に発表した『逃避行』(Hejira)に参加しています。

その後はパット・メセニーなどジャズの精鋭とバンドを組んで、ジョニとツアーにまで出ます。

その辺りの経緯は以下の記事に記載しています。

またショーターは1977年9月にリリースされたSteely DanAjaに参加し、タイトル曲で強烈なTenor Saxのソロを吹いています。

ジョニの前述のツアーにもショーターはジャコと参加予定でしたが、諸事情で流れてしまいます。
アルバムでは『ドンファンのじゃじゃ馬娘』(Don Juan's Reckless Daughter)、『Mingus』と多くのアルバムに参加しています。
1994年5月、奈良東大寺で開催されたライブでは2人は共演もしています。

先日の8月23日、LAのハリウッド・ボウルで開催されたウェイン・ショーター追悼公演にサプライズ出演し、ハービー・ハンコックのピアノに合わせ、Circle Gameを歌い驚かせています。

ジャズとして聴くと専門家からは「あれはフュージョン」と揶揄されてしまうため、評価されにくいのが『Heavy Weather』です。
が、世界最高レベルの演奏技術を持つジャズミュージシャン3人が出会い、ロック的なアプローチに挑戦し、アフリカや中南米など世界のリズムを取り入れた比類なき傑作として聴き逃すことはできません。


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