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エッセイ412.一瞬欲張りだった件

ある日、私と姉に宛てて、同じ地方都市から書類が届きました。

以下は、私が一瞬、欲張りな気持ちになったことについてです。

その封筒は、さくらんぼの産地で有名な県にある市の市役所からのもので、さくらんぼの宣伝と絵がありました。
ふるさと納税でもやっていたなら、それ関係かと思いそうですが、やっていませんので、なぜその市から郵便物が来るかわかりませんでした。

ただ、その県は、私の母方の祖父母の出身地でしたので、何か頭の片隅で、

チリン

と微かに着信音が鳴ったようが気はしました。

なんでチリン、と鳴ったかというと、私は一時、日本版のファミリーツリー作りに凝っていたことがあり(なんでだ?)、両親の両方の側の「除籍謄本」というのをコレクションしていたことがあったからです。

ちなみに皆さん、除籍謄本は、80年までしか保存しないで良いことになっていますので、80年に達すると役所でどんどん処分されます。もし、ファミリーツリーにご興味があるなら、早く取った方がいいです。

(ご参考までに:

 除籍謄本(除籍簿)については,戸籍法施行規則において,保存期間が150年と規定されていますが,平成22年の改正前の保存期間は80年でした。また,改製原戸籍謄本についても,平成22年の改正前は,改製の種類により,50年,80年又は100年とされていました。
 このため,市区町村によっては,改正前の保存期間を経過した段階で除籍簿等を順次廃棄していることがあり,今後,除籍等から150年以内の除籍謄本・改製原戸籍謄本の交付を申請しても,廃棄済みとなっている場合があります。)

私が調べたものは、80年までで破棄されて、それ以上は辿れませんでした。

これは除籍謄本の見本です。


本物は古色蒼然とした筆文字、旧仮名遣い旧漢字で、地の文がカタカナだったりします。
凝っていた時は、NZの義母に頼んで、教会で教えてくれる先祖のことまでしらべました。

書類を読み始めて最初に目に飛び込んできたのは、ボールドのゴシック字体で

【所有されている土地の買収について】

という件名でした。

しょしょ、所有?
しておりませぬが?

と思いながら、次の行へと読み進んでみますと、

その市に、明治時代にその県で生きて亡くなった私の曾祖父の土地があること。
この度、道路を拡張するにあたり、それが分かったので、
法定相続人である、ガラパゴス島の日本語教師tamadoca様に、
その土地を当市に売っていただきたいのです。

という内容でした。

たくさん同封されていた書類は、現地の写真や、
今こうであるところの道を、このように拡張したく、
そこにひっかかっている土地はこのような面積で形である、
と、詳しく説明してくれるものが入っていました。

その瞬間の私の脳裏に浮かんだのは、

「グランド・ブタペスト・ホテル」

の1シーン。

思い出の中の主人公のグスタフは、ホテルに宿泊する富豪の老女を優しくもてなしてきたので、彼女が急死して、相続人の一人になりました。
で、遺言執行人に呼ばれて、遺言の開封に立ち会うことになるのですが、そこに、すんごい顔色の悪い双子の老女姉妹とか、富豪女性の息子で、遺産渡すまじと思って来ている陰鬱な男や、その男に雇われた殺し屋とか、いろんな人たちが詰めかけているのです。
遺産をちょっとでもたくさん欲しいからだと思います。

届いた封書の中身が、私が法定相続人として所有している土地を、行政に売ってくださいなどと言っていたため、私のマインドは瞬時にしてトリップして、まるで自分があの、陰鬱なシーンで、暗い顔をした老女の一人として、座っているような錯覚に見舞われました。

そして、脳裏にすぐ浮かんだのは、

え〜〜〜、どのぐらいのお金になるの?
え〜〜〜、相続税かかっちゃったりして。

でした。

相続税がかかるのは3600万円以上の金額の遺産です。
日本では、相続税がかかって悩むのは、12人に一人ぐらいだそうです。

相続税についての基礎控除は3600万円。
それに、法定相続人一人につき、600万円が加算されますから、
基礎控除額は、姉妹で600万円ずつ、つまり、いただく遺産が4800万に届かなければ、私たちは相続税を払わなくても良いのです。

なぜそれを、普段割とぼんやり生きている私が知っているかと言うと、昨年両親があいついで旅立ちまして、遺産相続手続きをしてきたために、聞きかじりですが、以前よりは少し遺産相続のことがわかるようになっていたからです。

この瞬間の私は、あの暗い大広間にいる欲張りな人たちの一員としての暗い顔と、もしかして何か貰えちゃうのかしらと言う思念から来る、明るい顔に、
なりたいような、なりたくないような、意地汚いような、そうでもないような、変な表情を浮かべていたと思います。

でもね、たまに夢想していたこと;

→私が親切にしてあげたホームレスのおばあさん(おじいさんでもいいけど)が、死後に私にすごいものを残してくれていた、
遠慮するのも悪いので、もらうことにした。
で、日本にたくさん子供食堂を作り、
国境なき医師団にたくさん寄付して、さて残りを何に使いましょう・・・

というやつが、やっぱり、パーン! と頭に浮かびましたよね。
ちっちゃい女ですよね!

そう言う人がほとんどなのではないかと思います。
というのは、続きを読んでみると、

ご理解いただきたいのは、この土地は複数の人の共同名義になっている。
そこで、あなたの曽祖父様の・・・・・氏の持分はこれこれ平方メートルであり、金額としては大きくはありません。

さらに、今は曽孫様・玄孫(これで「やしゃご」と読めと言う)様たちの時代になっているため、それが人数分で分割されます。

さらに、関係の近さそのほかの要件を加味して計算させていただくと、各人の売却価格は、同じではありません。
この度、ガラパゴス島出身のtamadoca様が売却に応じてくださった暁には、お支払いできるのは、・・・・・・円となります。

とのことなのでした。

・・・・・円!
そうか、億円ではなくて。
そりゃそうですよね。

これを受け取った皆様のほとんどが、私が一瞬感じたような高揚感を感じるのを想定に入れた上での、この巧みな説明。

ここまで読んだ法定相続人の皆様は、やはりここで、上空30メートルぐらいの高みから、一気に地上に落ちてきたと思います。

さて、快く私が相続していた土地をお売りすることに同意する、面倒臭い書類に記入していて、書き方のわからなかった部分がありましたので、役所に電話をして教えていただきました。

余計なこと言いの私は言いました。

「それで、後学のためにお訊きしたいのですが、
この合計◯◯名の法定相続人の全員の了解がなければ、
この道路拡張工事には、着手できないのですか?

「はい、そうなんです」

「ちなみに、差し支えなかったら、これまでに何人返信がありました?」

以下の答えは、ここに書いてしまうと差し支えが大ありだと思うので書きませんが、私が思わず、

「大変ですね〜」

と言いましたら、担当の方が、

「大変なんですよ」

と、おっしゃっていました。

さて、気になるその売却想定価格ですが、差し支えがありそうなので、ぼかします。
でも知りたいですよね?
ええ〜と・・・
「すごく大食いで大酒飲みの私と夫が、一回半、居酒屋で飲めるぐらい」
の金額でした。

それが振り込まれたら(何年あとになるかわかりませんが)、
近所の魚のおいしい居酒屋に夫と行って、奢ろうと考えています。

こういうことって、あるんですねというお話でした。


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