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短い読書感想文/岡本太郎の『日本の伝統』

この間、友人のkさんが図書館で面白い本を見つけたと言ってやってきた。

岡本太郎の『日本の伝統』、初版の献呈本だった。

万年筆で、
ブルーブラックのインクで、
岡本太郎のサインがある。

万年筆の繊細な文字は、さらりとした美しい行書体だ。
思わず、「わぁ―、岡本太郎の字!」。

本を開かなかったら、文字は永遠に忘れられ
眠ったままだ。

ページの中の文字は、
文字を書いたその時間を封じ込めている。

文字を紙のあいだにいっぱい貯めこんで、
さしずめ、本は文字の倉庫みたいなものだ。
文字を畳み込んで収納する装置だ。
閉じられた本の暗闇に文字が躍る。
その入り口に岡本太郎が残した痕跡。
いつも思うのだけど、昔の人の字はほんとうに素晴らしい。
書いているその瞬間が伝わってくる。
その人の年齢が見えてくる。
書いている姿が、
文字を書くスピードが
想像できる。
何年経ったとしても、
ページの色が赤茶けて変わったとしても、
この文字は老いることがない。

『日本の伝統』は、1956年、光文社から出版されている。
本に触っていると
今から、67年前の45歳の岡本太郎が、わたしに、語りかけてくる。

なんか、「この古さがいいよね~」と、kさんが傍らで言っている。

岡本太郎と言えば、縄文の美について世に問いかけたことで知られています。
この『日本の伝統』も、われわれの血の中にひそむ神秘的な情熱という副題の縄文土器の写真(撮影は岡本太郎)から始まっています。初版本ではどうだったかな。。今見ている本は2010年(6刷)の文庫本(光文社刊)なので、初版とは違っている編集になっているかもしれない。

最初の目次のタイトルは読んだだけでも面白いので紹介します。
 
一  伝統とは創造である
    法隆寺は焼けてけっこう
    モーレツに素人たれ
    伝統とは銀行預金のようなものか
    古典はその時代のモダンアートだった
    裏側文化

友人のO君は伝統は発明するものだというのが自説だ。探しに行っても見つからないと言うが、伝統とはそういうものかとは思っていた。

岡本敏子さんは、この本は、固定化され、パターン化された、伝統主義の否定、それをひっくり返す、テロであり爆弾であったと、解説で述べている。


最初の図版の庭の中の〈石〉と〈木〉の短い解説文が心に響く。

短いので抜き出してみます。


 ふるい庭園の中で、もっとも心ひかれるのは石である。そのたたずまいは、それぞれの個性、役割があり、見るものを打つ。石そのものの感動を押しだしてくるもの。自然美を写した石。構成された石。心を慰め、しずめる石。威嚇する石。さまざまである。

『日本の伝統』p.021 岡本太郎著 光文社 1956年

また、石の対立物として木を考え、二つのもののあいだには、戦いがあるという。この威嚇する石とか、石と木が静かで執拗な戦いをくりひろげているとか、言葉が際立っていて、心を直撃する。

そして、慈照寺(銀閣)について書かれた銀沙灘(ぎんしゃだん)の謎が、なかでも、一番気に入りました。

                       『日本の伝統』岡本太郎著 p.28 光文社刊
               「ベラボーな魅力だ。」このベラボーがいい。面白くて楽しい。
                        『日本の伝統』岡本太郎著p.159 光文社刊
                                銀沙灘ごしに向月台を見る


京都の数ある庭園の中でも、この銀沙灘は発見したよろこびの、もっとも大きなものの一つだったと書いてあります。
典型的な、日本庭園の中の、なんとも不思議な白砂のひろがりやすりばち山(向月台のこと)を見た時の驚きをこのように表現している。

正直にいって、はじめて見たとき、私じしんがギクッとしました。

『日本の伝統』p.160 岡本太郎著 光文社刊

銀沙灘とそれになくてはならない向月台の考察が続いていく。

形態は人工的、幾何学的です。ヴォリュームにたいして大胆に単純化され、はげしくておもい。

『日本の伝統』p.163 岡本太郎著 光文社刊

その後に、次の言葉が登場します。

いずれにしても、わびてない。

『日本の伝統』p.163 岡本太郎著 光文社刊
                       『日本の伝統』岡本太郎著 p.163 光文社刊

"わび"とか"さび"について会話することがあるけれど、わびているとかいないとかいう言い方はしたことがない。その断定する言葉が、忘れられない言葉になる。これからもずっと、銀沙灘と向月台といえば、この言葉を思い出すだろう。

いずれにしても、わびてない。

そのあと、

盛り砂の歴史、
空間的な対応、
湖の幻想、
虚と実

と続いて、銀沙灘と向月台の謎が、さらに、少しずつほどかれていく。

そんなことを考えて、岡本太郎の作品の色彩を頭に浮かべてみると、
全然、わびてないなと感じました。

この『日本の伝統』の163ページに、白砂のマチエールは、”さび”とか”渋み”などというものとは無縁で、いつでもサラサラ、よどみなく、新しい、
ありますが、そのまま、岡本作品にあてはまるのではないかと思う。

そして、岡本作品の鮮やかな色彩に欠かせないものとして、対立する黒
が思い浮かんできました。

鮮やかな色彩。
威嚇する黒。

繰り広げられる色の戦いが、岡本太郎の絵画を動きのある絵画として3次元に誘導してくれるのではないかと思いました。

* 短い読書感想文のつもりが、書いていたら、長い読書感想文に
なってしまいました。



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