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連載小説 「一瞬を切りとる」①

ビルの手前にある木々が、明るい緑の葉を風に揺らめかせている。

オレンジがトレードマークのJR中央線に乗って、栞生かんなは通っている大学に登校するところだった。

最寄駅に着くと、異様に狭いホームに足を踏み出す。

この駅で降りる度に、なぜここのホームは、通常のホームの2分の1程度の幅しかないのだろうと疑問に思っていた。

周りを見渡すと、黒いスーツに身を纏った人々の、黒い頭が見える。

栞生は、人混みに流されながら、青い手すりのエスカレーターに足を踏み込んだ。

まだ、身体中に血液が回っていない朝に、長いエスカレーターの先を見上げると、なんだか眩暈がしそうな気がして、ツルンとした無機質な青い手すりをギュッと握りしめた。

駅の改札を出ると、大きなビルの群れの手前に、広々としたスクランブル交差点が現れる。

横断歩道のくすんだ白い線の前に立って、栞生は、化粧をしたばかりの顔をビルの方に向けた。

右上の白い看板には、広告募集の文字が赤く印字されていた。それを見て、広告に使われるようなキレイな写真を撮りたいなと、上手く働かない頭の片隅で、ボンヤリと思った。

大学に着くと、スマホに丸山礼央まるやまれおからのメッセージが入っていた。「7階の1071教室の前にいます。待ってます」

栞生は、「了解」とメッセージを打つと、颯爽と歩き始めた。授業開始までは10分ほどあるが、油断して遅刻でもしようものなら、笑い話にもならない。

エレベーターに乗って7階に着くと、礼央が文庫本を広げて教室の前で待っていた。

「おはよ〜。ごめん、遅くなった!」

栞生が声をかけると、「ええんよ」と言いながら、本を鞄にしまった。

礼央は、クルッと向きを変え、教室の扉に手を掛けると「じゃあいこっか」と笑いながら言った。

八の字の眉が、「授業めんどくさーい」と語りかけてきているような気がして、栞生は思わず笑ってしまった。

授業が終わると、丁度お昼時になった。教室の前方にある時計の針は、12時30分を指している。

「お昼いこっか〜」

隣でウトウトしている礼央に声をかけると、礼央はゆっくりとまぶたを開き、こちらを見てにっこりと笑った。

エレベーターに乗って17階にある食堂に行くと、そこはすでに学生達で賑わっていた。

「お昼なにする〜?」
「この前見たテレビがさ〜」
「あっ、あれカレーライスじゃない⁉︎新メニュー」

前から後ろから、学生達の大きな声が、ガンガンと耳に響いてくる。

栞生は少し苦笑いしながら、礼央に話しかけた。

「お昼何にする?」

「うーん、牛丼美味しそうだなぁ」

礼央は、透明なケースの中の牛丼をじっと見ながら答えた。栞生は、今にも礼央の喉から、手が生えてくるんじゃないかと思った。

「あぁー、牛丼、美味しそうだよねぇ〜」

栞生はそう言うと、チラッと端にあるチキンのソテーを見た。大きな丸いお皿の前には、B定食と書かれた三角の白い札が横たえられている。

「私、B定食にする」

礼央は、オッケーと言いながら、食堂に入って行った。視線が牛丼に固定されているので、体から先に中に入っていく形になった。

料理を受け取り、できるだけ見晴らしの良い席を確保し、2人で腰を下ろした。

「いっただっきまーす!」

栞生は、チキンにかかっているトマトソースが溢れないように気をつけながら、フォークで1刺しにすると、口の中へ運んだ。

チキンは質素な味だが、トマトソースは素材の味が十分に引き立てられていて、なかなか美味しい。

「栞生、美味しそうに食べるねぇ」

礼央の声がする。みると、暖かな笑みを浮かべながらこちらを見ている。

「うん、とっても美味しい!」

「良かったねぇ。私も頂こう〜」

礼央が持ってきた牛丼を食べ始める。タイミングを見て、栞生は切り出した。

「礼央、この間のことだけど」

「あぁ、あれね」

礼央は、つい2週間ほど前、栞生に将来のことが不安だと相談を持ちかけてきた。話を聞くと、どうやら自分が働くということが上手く想像できないらしい。

「私も考えたんだけどさー、やっぱり、考えすぎじゃない?」

「えー。だって本当に、想像できないんだもん」

「だって私たち、まだ大学2年生だよ?そう言うのって、大学3年生くらいから考え始めるんじゃないのかな」

「2年も3年も一緒だよ…。どうせ働き始めるんだしさ」

「うーん」

栞生は、しばらく口を閉じた。手で口を覆い、宙を見つめる。正直、礼央が不安になる必要など無いような気がした。

「おーい、栞生、礼央!」

遠くの集団から声がした。びっくりして振り向くと、4人組の集団の中で、浅黒い肌の男がこちらに向かって手を振っている。

「あー、貫一!」

栞生が反応すると、礼央も「久しぶり〜」と言って手を振った。

篠宮貫一は、一緒にいる男子生徒の集団に何か言ってからこっちに向かってきた。無造作に跳ねた髪型が、身体に合わせて揺れている。

「よぉー。久しぶり」

「久しぶりだねー、貫一じゃん」

貫一は、笑いながら「そうだよ」と言った。栞生は、高校1年生のときに同じクラスだったときと比べて、少し日焼けしたんじゃないかと思った。いや、昔から浅黒い肌質だったような気もする。

「お前ら、来月の15日って暇?キャンプ行かねぇ?」

栞生が、キャンプいいなぁと思ったと同時に、礼央が目を見開いた。

「おー!キャンプ!いいねー!楽しそう」

「だべ?俺、大学でキャンプサークルだからさー、色々セッティングとかするよ」

栞生と礼央が乗り気なので、話は手早くまとまった。今から約1ヶ月半後に、栞生と礼央、貫一と彼の友達の4人でキャンプに行くことになった。

栞生は、小学生以来のキャンプに心が躍っていた。それと同時に、自身が大学で学んでいる、カメラの練習をする良い機会だとも思った。

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