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MVVがなぜ今求められるのか?〜公務組織におけるMVV活用の意味とその可能性〜

BIOTOPEでは民間企業の経営理念づくりのご相談に加え、最近は地方自治体や中央省庁などの行政組織の理念づくりのご相談を受ける機会が増えてきました。

BIOTOPEの戦略デザイナー・山田和雅が、実際に行政組織におけるMVVづくりに関わった経験を踏まえて「公務組織おけるMVVの活用の意味と可能性」について、人事院月報に記事を寄稿しました。本記事はその転載になります。中央官庁・行政においてMVVはどのような意味を持つのか、どのように活用していくべきか。ぜひご覧ください。


2023 11月号 人事院月報 寄稿
MVVがなぜ今求められるのか?~公務組織におけるMVV活用の意味とその可能性~
株式会社BIOTOPE 山田 和雅

株式会社BIOTOPEで組織の理念であるミッション・ビジョン・バリュー(以 降「MVV」)づくり等を支援している、山田和雅と申します。弊社BIOTOPE では組織の理念に関連して、日本を代表する大企業から、急成長中のベンチャー企業、NPO法人、教育機関、行政組織まで、幅広く支援をさせていただいております。

現代はMVVやパーパスが組織に必要とされている時代と言われることがあります。組織を社会的意義で動かしていくマネジメントとして、民間企業を中心にその必要性が叫ばれているように思われるかもしれません。しかし、実際には、NPO法人、学校、官庁等の職場でこそ、MVVがより必要になっているように感じています。なぜなら、企業には儲けという共通の軸がありますが、公的な機関であるほど、日々の活動の先にあるものは社会的意義しかなくなっていくからです。

皆さんの組織では、そうした意義は語られていますか?何によって群れとしての組織が、動かされているでしょうか?

この記事では、そうした問い立ての答えの可能性を考えていくために、なぜ今MVVを持つことが組織にとって重要な意味を持つのか、MVVを持つことで期待できる変化や効用は何かを議論していきます。

とはいえ、この「MVV」、正直MとVとVそれぞれの違いも分かりづらく、 「とっつきづらい印象」を持たれる方もおられるのではないかと思います。実は何を隠そう、私自身がそうでした。

2013年に前職の総合商社に新卒入社した際に配られた社員証カードの裏側に印字されていた「M・V・V」を見たのが、私と「MVV」の出会いです。その後私自身も今日に至るまで、少しずつMVVへの理解を深めて行ったというのが実情です。

MVVとは、組織の使命や存在意義を意味する「ミッション(M)」、組織の実現したい未来を表現した「ビジョン(V)」、組織が大事にする価値観を意味する「バリュー(V)」で構成されます。私自身、それぞれの意味合いはおろか、三つの関係性、それぞれの効用なども何も分からないところから、MVVとの付き合いはスタートしました。

今回限られた誌面の中で、どうすればMVVの持つ「とっつきづらさ」を解消できるだろうかと考えました。そこで、何一つ知らなかった私が、いかにしてそれに魅了され、いつしか仕事にするようになったのか、それを簡単に振り返りながら、私の経験則に照らしつつ、MVVの定義、効用、実例などをお話しできると、いわば等身大の目線からのMVVを語ることができ、少しでもMVVが身近になるのではないかと考えました。

次項では少し私の身の上話を交えながら、MVVというものを多面的にお話しさせていただきます。MVVの中身をとにかく知りたい方は次項はお読み飛ばしください。

私とMVVの出会い〜魅了され仕事にするまで

2013年4月1日、私は新卒で総合商社に入社しました。入社日に配布された社 員証カードの裏側にMVVが印字されていたのがその出会いであったことは先にお話しした通りです。実は入社日当日に、社員証の他にもう一つ配布されたものがありました。それは、一冊の分厚い「社史」でした。「どうせ、記念品か何かだろう、帰ったら本棚へしまっておこう」と心の中で思っていたところ、人事部の方から(見透かしたように)「その社史をしっかりと読み込んだ上で、明日からの新人研修に臨むべし」との話がありました。

その社史の出番は新人研修最後の二泊三日の合宿でやってきました。そう、その合宿のテーマが「MVV」だったのです。社史はその議論のベースになるのでした。

議論をしているうちに、当初ほとんど意味不明の言葉の羅列でしかなかったMVVが、だんだんと形を持ち、熱を発し、「生きたもの」になっていくように感じたから不思議なものです。

合宿当日、同期の仲間たちと膝を付き合わせ、社史を繙き、会社のDNAやMVVの意味を徹底的に深掘りしていきました。仲間たちと「ああでもない、こうでもない」とMVVの「正しい解釈論」を深夜まで戦わせるのですが、無論ひとつの答えなどあるわけもありません。ですが、侃々諤々と議論をしているうちに、当初ほとんど意味不明の言葉の羅列でしかなかったMVVが、だんだんと形を持ち、熱を発し、「生きたもの」になっていくように感じたから不思議なものです。

合宿は最後、チームとしてのMVVの解釈、個人としての「志」と「約束」を一枚紙にまとめていき、大団円を迎えました。この体験、—MVVを解釈し、自分事にする—が、私にとってのいわば最初のMVV体験(強烈な)とでも言えるでしょうか。とはいえ、それから数年間は、私にとってMVVはあくまで「頭の片隅にあるもの」程度の存在でした。

そんなMVVが不意に私にとって大きな意味を持つ瞬間が訪れました。事業会社への出向が契機でした。担当案件で事業買収が成功し、私は買収先の会社経営に末席として携わらせていただくことになりました。出向先は、東南アジアの事業会社で、450名の現地メンバーを抱える組織でした。

出向後数ヶ月経ち、だんだんと買収先の組織の課題が見えてきました。簡単に言えば、それは現地メンバーの働き方・スタイルに関する部分で、上意下達的・受動的で現状維持を重んじる仕事のスタイルが根付いていることが課題として認識されていました。出向者の社長以下私たちの見立てでは、それは以前経営を行っていた欧米系の前株主のトップダウン型の経営スタイルによって生み出された「企業文化」から来ていると思われました。

組織の更なる成長を考えたとき、私たちには二つの方向性の打ち手がありました。一つは、前株主を越える圧倒的かつ高度なトップダウンマネジメントを行うこと、もう一つは、ボトムアップ型で創発が生まれるような組織に変革していくことです。私たちは後者に賭けました。そして、それを実現するために、「経営理念=MVVから見直していこう」ということになったので す。MVVを見直すプロセスは、言うまでもなく組織全体を巻き込むボトムアップ型で進めていくことになりました。一人一人の社員が自分なりの仮説を持ち寄って、心の底から「やっていきたいこと」「人として大事にしたいこと」を議論していきました。現地職員と株主出向者、役職の上下、あるいは、国籍、宗教、言語の壁を超えて、いわばMVVをネタにして、人と人の関係を作りながら、色々な会話をしていくことができました。

結果として、このボトムアップ型の取り組みは新しいMVVとして社内で結実し、人事評価制度などにも結びつきながら、力強い変化を組織内に生み出すことができたのではないか、と手前味噌ながらも感じています。


少し時計の針を進めます。それから五年ほど経った頃、私は米国シカゴにあるイリノイ工科大学デザインスクールに留学していました。ビジネスに「広義のデザイン」の発想を持ち込むことで生まれるイノベーションの可能性に興味があっての留学でした。留学初日、当時の学校長が行った基調講演で、私はMVV(或いはそれに近いもの)に再会することになりました。その講演テーマが「Lead with Purpose(パーパスで先導する)」というものだったのです。パーパスという言葉は、よくよく耳を傾けるとMVVに極めて近い意味、或いは日本語の「大義」「志」に近いことが分かりました。

学校長は「デザインの射程は、モノやサービスのデザインをはるか超え、今やパーパス(P)や理念のデザインにまで広がる。そして、その適用領域の最前線こそ、公共・行政領域なのだ」と語っていました。彼曰く「“市民”“国民”といった様々な属性・生活文脈を持つ多様なステークホルダー(時に利害が相反する者同士も含まれる)を巻き込まざるを得ない公共・行政領域だからこそ、未来のイメージをMVVなどで共有することが取り組みの出発点=コモングラウンド(共通理解)になる」とのことでした。

総合商社の現場でMVVの運用には肌感覚があった私でしたが、その活用領域が、公共・行政領域に広がる、という話には大きな関心と可能性を感じました。

そうしたビジネス以外の文脈にも触れたこともあり、私はMVVという組織理念のデザインに携わることに大きな社会的意義を感じ、前職を辞し、この世界(理念のデザインなどの広義のデザインコンサルティング)に飛び込むことにしました。以上が、私がMVVと出会うところからそれにいつしか魅了され、仕事にするまでの経緯です。

MVVとは何か?どのような効用 が期待できるか?


ここまで私のライフヒストリーを縦軸に、MVVについて幾つかの角度からお話しさせていただきましたが、ばらばらに語ってきたMVVの持つ力や可能性を一度小括も兼ねて整理させていただきます。すなわち、MVVには、

  • 組織の大きな理念と個人の思いの文脈を接続する力がある

  • 多様な組織員の思いや考えをボトムアップ型で一つにまとめていく力があ る

  • 多様な関係者の共通理解をつくり、取り組みの出発地点として推進力を発揮する

といったことを共有させていただきました。

ここから少しMVVの中身に入ってきましょう。MVVそれぞれどの部分が機能することで上のような効果が得られるのか、改めてその定義や意味を整理しながら、考察していきたいと思います。まずはじめに下記の図「MVVPの全体像」をご参照ください。

MVVPの全体像

これは、MVVのそれぞれの定義や意味、相互の関係性を表しています。ここからはMVVにパーパス(P)も含めた、MVVPとして包括的に説明をしていきたいと思います。

MVVPは、ありたい未来の姿を起点に考えていくことで、組織において大
きな力(変革、前進、求心の力等)を生んでいきます。ここでも、ビジョンから始め、パーパス/ミッション、バリューの順に議論していきたいと思います。まずは、それぞれの定義を以下に整理します。

  • ビジョン:組織の実現したい未来

  • パーパス:組織の存在意義

  • ミッション:組織の使命や果たす役割

  • バリュー:組織が大事にする価値観

さて、MVVPを考えるに際して一つ重要な前提を説明させてください。その前提とは、現在の組織と組織が目指しているところの「差分」があることです。すなわち、組織がもし現在と比較して未来では少しでも異なる存在、或いは高次な存在(理想の組織)になりたいと願っているということです。もしこの差分がそもそもなければ、MVVPの活用どころはあまりなさそうです。ここではその差分があるとして話を前に進めていきます。

その視点からMVVPの全体の関係性を解釈すると次のようになります。

  • まず、ビジョン。ビジョンとは、未来において自組織がありたい/なりたい姿とその組織が社会の中で実現していきたい未来のシーンを意味します。すなわち、現在からの差分の先にある未来像と言っても良いかと思います。

  • 次に、その未来(ビジョン)をなぜその組織は実現したいのでしょうか?その理由やその差分の解消のために取り組む意義は何か?そうした問いへの答えに当たる部分がパーパスと言えます。いわば、その組織としての志、或いは目指し続ける北極星のようなものかもしれません。

  • ミッションは、パーパスとは表裏一体の関係で、ビジョンやパーパスを実現・体現していくために、今から組織として果たし続ける使命や役割は何か?ということへの回答になります。

  • 最後にバリューは、そんな存在意義や使命を持つ組織が、日々の仕事や活動において大事にし続けていく価値観やこだわりを意味します。

このような整理のもと私の経験則に戻れば、新人だった私が自らの夢や志を会社の理念に接続できたと感じたのは、会社の実現したい未来像(ビジョン)に私の夢が包括されたり交差したりしていることが想像できたからと言えます。

また、出向時代、多様で異なる社会的文化的背景を持つ組織員の思いをうまく調和させられたのは、人として大事にしたい価値観(バリュー)を語り合い共感し合えたからに他なりません。

留学先の学長が言う多様なステークホルダーの利益相反を超えた協働を促す仕掛けとは、未来(ビジョン)の共有、それから活動の理由(パーパス)や使命(ミッション)によって共通理解の橋を架けられるから、と解釈できるのかもしれません。

無論MVVPそれぞれの要素は図形のように明確な輪郭があるわけではありません。互いに重なり合う概念でもありますので、上は一つの解釈に過ぎません。が、MVVPはそれらが相互に機能し合って、個人の集合体である組織を、一つの大きな有機体・生き物に変身させる力があり、組織が生き生きと前に進んでいくことをサポートする力があります。そのような可能性を感じ取っていただければ幸いです。

なぜ今、MVVが求められるのか?

MVVPのそれぞれの意味や期待できる効果のイメージが段々と湧いてきましたでしょうか?さて、そのようなMVVPですが、なぜ今ことさらに重要だと言われているのでしょうか?

ここでは、佐宗邦威著『理念経営2.0』(2023年5月)を参照しながら、まずは民間企業経営を取り巻くトレンドからそれが求められていることを説明させてください。同書では四方向からの要請があり、単純なる営利追求活動に加え、理念(MVVPなどで表現される)が必要とされる背景を形作っていることを説明します。それらの要請とは、

  • 従業員からの要請:自律的な働き方

  • 株主からの要請:ESG投資(環境・社会・ガバナンスにおける課題の解決に資する投資)、人的資本開示

  • パートナー企業からの要請:社会課題解決のための共創

  • ユーザーからの要請:応援消費、エシカル消費

です。同書ではこの四つの中でも、最初の働き手の意識の変化が特に大きな意味を持つと言います。例えば、以下の統計を見ていただくと、足元のトレンドで、若者世代が仕事をする過程で感じる「楽しさ」や社会のために役立つ「貢献感覚」のようなものが年々大きな比重を占めてきているのが分かります(こちらの統計にはありませんが、コロナ禍を経た今、このトレンドはさらに強まっているように感じます)。

画像元:https://www.recruit-ms.co.jp/issue/column/0000000769/?theme=diversity (最終確認日 2023年10月2日)

働き手の意識の変化が重要なのは、言うまでもなく、組織が自らの目標を達成していくためには組織を支える有能なメンバーが必要であるからです。また、少子化が人材獲得の難しさを深刻化させていきます。このトレンドを踏まえると、組織に魅力あふれる人材を引き付けるには、まず組織は「理念」を語る必要があると言えます。そして「働きがい」を高めつつ、働く「楽し さ」を支えるインフラとして「働きやすさ」も両輪で高めていく必要がありそうです。

公務の文脈に少し引き付けて話を続けます。この若者世代の働く意識の変化は、営利企業には向かい風ですが、公務組織には追い風にもなりうるのではないでしょうか。すなわち、若者世代が更なる社会貢献感、社会的意義への共感を求めるようになり、公益を実現する公共・行政領域の仕事にはその共感が集まりやすいとも考えられるためです。そうした若者世代の感覚に訴求する形で積極的に公務の仕事の素晴らしさをコミュニケーションしていくことで、今まで営利企業に流れていた人材を獲得する可能性が高まっていく、或いは、官民の人材交流等で人材をさらに引き付けることができるのでは、と私は考えます。

その意味で、デジタル庁が以下のようなMVVを掲げ、社会に発信していることは、流れを機敏に捉え効果的なコミュニケーションを生み出している好事例と言えるのではないかと思います。

ミッション
誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化を。

ビジョン
優しいサービスのつくり手へ。

バリュー
一人ひとりのために
常に目的を問い
あらゆる立場を超えて
成果への挑戦を続けます


終わりに 〜公務組織でMVVPを持つことの意味〜

こまでMVVを私自身の経験に照らして多角的に見つめながら、その定義や効用、必要とされる背景などをお話ししてきました。

この結びの項では、公務の文脈でMVVを語ることの意味とその可能性を私なりに考えてみましたので、その意味を述べさせていただいて終わりとしたいと思います。

さて、公務組織、或いは、公務員の皆さんにとってMVVを持つことは民間組織のそれとは異なる前提がいくつかあるものと思います。例えば、公務の場合はそもそも「公益」という概念がありますし、民意で選ばれた政治(家)との関係性や、組織の設立の根拠となる法令の存在などです。設立の根拠となる法令について言えば、それは使命や役割を定義するという意味で一種の組織のミッションにも似た側面を持つことでしょう。

その意味で、MVVは公務組織に元々存在する使命や役割を「置換」する存在ではなく、「補完」する存在と考える方がしっくりくるのではないかと考えます。それでは何をMVVPは補完するのでしょうか。二つの機能の補完に集約されると私は考えています。

一つ目は、法令に定められた組織の使命・役割を未来の文脈へと繋げていく機能です。過去に定義された法令上の組織の使命や役割をベースに、今この瞬間を生きる公務員の皆さんの視点で見て、どのような意味があるのか、過去からどのような変化があるのか、その使命・役割に立脚したときに、どのような未来のシーンを皆さん自身が創り出していきたいのか、そうした組織 内議論の触媒としてMVVは機能し、過去・現在・未来の組織の文脈を一つにまとめていくことができます。特に法令等の立脚すべきポイントを踏まえつつ、職員一人一人の目線で時代の流れを見つめ、組織と個人の文脈を交差させていく、もっと言えば、組織の公的な使命に個々人の情熱を乗せて「一つの大きな物語」にしていく仕組みが、民間組織にはないオリジナルな部分に なるかと思います。

二つ目は組織「外」とのコミュニケーションです。ともすると理解されづらいかもしれない、公務の仕事の中身や意味、インパクトを、社会や市民・国民のサービスの受け手の視点も持ちつつ、MVVのような平易なメッセージで語り伝えることができるようになる、という意味での補完機能です。その際、アートやイラストレーション等、デザインや物語の力を使ったコミュニケーションもこの文脈で大きな力を発揮します。

上記は弊社が白馬村観光局の2030年ビジョンとして作成したものです。このように(左上にある)平易な一行文と絵を使ってMVVを表現することも一案で
す。

こうした形で組織内外のコミュニケーションをMVVによって強めていくこと で、きっと公務組織の持つ魅力が社会に広がり、様々な人材が公務の場に集まり交差することで、大きなインパクトが広がっていくのではないか、そんな期待を胸に感じながら、本記事を結びたいと思います。


他のページも含め、下記より人事院月報のPDFのダウンロードが可能です。


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