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デパート・ガール

 (1989年 ショートムービーのシナリオ原案)


#1 大都会の片隅にある古いBAR

不夜城のようなこの街の喧騒も、
一本奥まった場所にある
重厚な造りの店内には
聞こえてこない。

バーボンのオン・ザ・ロックスを
カウンターで飲んでいる
30歳前後の男。
微かに流れるスタンダードジャズと、
それが似合う仕立ての良いスーツ。

いくら飲んでも酔えないのか、
冷たく醒めた目をしている。
氷だけになったグラスを、
カウンターにコトリと置いた。
そこに再び琥珀色の液体が注がれる。


#2 回想(無音)

渋谷、公園通り。
若者に人気のSデパート。
窓ガラス越しに、
その7階の一室が見える。
デスクに座り窓に背を向けた上司に、
猛烈に抗議する男。
上司、立ち上がり、
男から奪い取った企画書を
破り捨てる。
男、上司の胸グラを掴み、
殴る。


#3 再び、BAR

氷の音が響く。
バーボンを流し込む男。
カウンターに五千円札を置き、
店の外に出ていく。


#4 店の外

出て来る男を待っていた、一人の女。
男の後を、少し遅れてついてくる。
女の、ハイヒールの音に気付き、
立ち止まる男、
胡乱気うろんげな表情で振り返る。

美しい瞳。
透き通った白い肌。
花のような口許。
その笑顔は、まるで女神。

女「そんなに怖い顔で見ないで。」

男、再び背を向けて歩き出す。
女、気にせずにその後を歩いてくる。

女「お酒を飲んでも、
  その歩き方はいつもと同じね。」

女「いつも自信満々で、
  まるで私たちのフロアの空気を
  ナイフで切るように歩いてた。」

女「あなたは私のことなんて、
  きっと気づかずに、
  毎日通り過ぎてたんでしょうけど
  私はいつも見ていたの。
  一度でいいから私もあんな風に、
  颯爽と歩いてみたいって。
  あのドロドロに澱んだ
  Sデパートの空気を、
  ナイフのように
  切ってみたいって。」

女「そんなあなたでも、
  今日のような日は、
  きっと肩を落として
  歩くんだろうな、
  って思ってたの。」

男、一瞬立ち止まるが、
また無視したように歩き出す。

女「でも、いつもとまったく同じ。
  この街の濁った空気を、
  ナイフのように切って歩いてる。
  たとえ部長を殴って、
  自分にとことん
  嫌気がさした日でも。」

男、ハッとして立ち止まり、
女の顔を見る。
女、さっきと同様の
女神のような笑み。


#5 深夜の歩道橋、その上の男と女

賑やかな青山通りも、
下を通る車は数えるほど。

男「申し訳ないが、
  同じ店にいながら、
  君のことは全く
  見覚えがないんだ。」

女「私はいつも憧れてた。
  毎日が同じことの繰り返し。
  変化も何もない平凡な日常を、
  きっとぶち壊してくれる人だと
  信じてた。」

男「みんな予定調和さ。
  今日まで気付かなかった俺が
  マヌケだったんだ。」

女「今でも信じてる。
  あなたが、 なにもかも、
  変えて、 くれるって。」

男「それはご愁傷様。
  ただの無能な歯車だよ。
  他の歯車と噛み合うには、
  一枚歯が欠けている。」

女「みんな自分の歯車を回すだけで
  精一杯なの。
  ・・・自分が何のために
  この世に生まれてきたのかさえ、
  忘れてる。」

女は花のような微笑を消し、
哀しい目をする。

女「でも、私は感じてた。
  あなたの持つ大きなパワーが、
  こうして私を大胆にさせてる。
  昼間はただの歯車でも、
  夜はこうして一人の、女。」

女、再び男を見つめて微笑む。
男もつられて微笑む。

男「そうか、
  会社を辞めちまったんだし、
  俺はただの男なんだ。」

女「ふふっ、私はただのメスよ。」

男「じゃあ、俺はオスだ。」

二人の目が濡れて輝く。
こらえきれないように、
二人、笑い出す。


#6 深夜の外車ショップ

瀟洒しょうしゃなティールームと一体で、
硝子ガラス張りのクールなデザインの店も、 
今は照明も半減し、
ただ、
オープンタイプのアルファロメオが、
赤い蛍のように淡く光っている。
1750スパイダー ヴェローチェだ。

全面がガラスの店の片隅に、
まるでジャングルに潜む
野獣のような、
二人の男女の影がある。

男の声
(昼間は精密電子回路のような
 この街も、
 夜はまるでジャングルだな。
 獣たちが獲物を狙う
 野生の森になる。)

女の声
(欲しいものは奪い取るのよ。
 それがジャングルの掟なの。
 私たちはそれができる
 選ばれた森の王者。)

男、持っていた石で、
思い切り硝子ガラスを割る。
鳴り響く非常ベル。
二人、アルファロメオに跳び乗り、
直結でエンジンを始動させる。
野獣の唸りのような
アイドリングも一瞬、
車は咆哮をあげ、硝子をぶち破り、
深夜の青山通りに躍り出る。


#7 真夜中の首都高

野に放たれたヒョウのように、
首都高を走る二人のアルファロメオ。
遠くで聞こえる幾重のサイレン。

風を浴びながら、
野獣のような遠吠えをする男。
女、大笑い。
どこからか持ち出した猟銃を出し、
男に向かって構える。
男、女を見て笑い、
さらに大きな遠吠えをする。

男に向けていた猟銃を、
女は、流れていくビル群に向ける。
引き金を絞る。
賑やかに点滅するネオンサインが、
粉々に吹き飛んでゆく。
まるでスローモーションのように、
火花を散らしてネオンが弾ける。

次々と、
首都高に添うネオンサインを、
撃ち壊す女。

次々と消えてゆく、
大東京の広告塔。
二人、狂喜の高笑い。


#8 同、首都高速

時速150kmで飛ぶように走る
アルファロメオ。
銃を撃ち続ける女。

女の声
「アタシ、海が見たい。」

男の声
「海はきっと俺たちの
 生まれ故郷なんだ。」

女の声
「海へ還ろうよ。」

男の声
「海へ、還ろう。」


#9 湾岸道へのジャンクション(工事中)

警察の検問を
強行突破するアルファロメオ。
そして、
海底トンネルへと吸い込まれていく。


#10 海底トンネル

オレンジ色の灯りが、
二人の至福エクスタシーの顔を明滅させる。
モノクロームでありながら、
生身の人間とは思えないほど、
美しく鮮やかな二人の顔。

女「眠くなっちゃった。」

男「もうすぐ海へ還れる。」

女「もうすぐ朝ね。」

男「もうすぐ自由だ。」

女「・・・そうね
  ・・・自由ね・・・。」


#11 トンネルを飛び出すアルファロメオ

正面から来るパトカーをかわ
埋立地へ、
砂埃をあげて走り去る。


#12 海を隔てた埋立地

アルファロメオの咆哮が、遠く響く。
突然の衝撃音。
エコーのように、
その音は夜の東京中に響き渡る。
そして、
オレンジの炎が、
夜を焦がす。


#13 夢の島、朝

ガレキとゴミの山に埋もれた、
錆びついたアルファロメオ。
上空から、
ゆっくりとその運転席に近づく。

そこには、
捨てられた男女二体のマネキンが、
口許に微笑を、
凍らせていた。




【蛇足反省】
1989年当時の気分を焼付ける、
退廃的な短編映像のシナリオ原案。
ちなみに当時デパートガールは、
デパガ、と呼ばれてた。
今読むと、なんだかなあ。
カッコ悪いよなあ(笑)。
でも、
なんかこういう時代だったんだよね。
バブルで物欲だらけの世界を
ぶち壊したかったんだ。
・・・と、
言い訳です。

作:増田達彦(映像作家)