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長田弘/詩ふたつ

続き。
もうひとつの詩を。
絵も引き続き、
グスタフ・クリムトです。

(個性的なサイン)

【人生は森のなかの一日

何もないところに、
木を一本、わたしは植えた。
それが世界のはじまりだった。

次の日、きみがやってきて、
そばに、もう一本の木を植えた。
木が二本。木は林になった。

三日目、わたしたちは、
さらに、もう一本の木を植えた。
木が三本。林は森になった。

森の木がおおきくなると、
おおきくなったのは、
沈黙だった。

沈黙は、
森を充たす
空気のことばだ。

森のなかでは、
すべてがことばだ。
ことばでないものはなかった。

冷気も、湿気も、
きのこも、泥も、落葉も、
蟻も、ぜんぶ、森のことばだ。

ゴジュウカラも、アトリも、
ツッツツー、トゥイー、
チュッチュピ、チリチリチー、

羽の音、鳥の影も。
森の木は石ゴケをあつめ、
降りしきる雨をあつめ、

夜の濃い闇をあつめて、
森全体を、蜜のような
きれいな沈黙でいっぱいにする。

東の空がわずかに明けると、
大気が静かに透きとおってくる。
朝の光が遠くまでひろがってゆく。

木々の影がしっかりとしてくる。
草のかげの虫。花々のにおい。
蜂のブンブン。石の上のトカゲ。

森には、何一つ、
余分なものがない。
何一つ、むだなものがない。

人生も、おなじだ。
何一つ、余分なものがない。
むだなものがない。

やがて、とある日、
黙って森を出てゆくもののように、
わたしたちは逝くだろう。

わたしたちが死んで、
わたしたちの森の木が
天を突くほど、大きくなったら、

大きくなった木の下で会おう。
わたしは新鮮な苺をもってゆく。
きみは悲しみをもたずにきてくれ。

そのとき、ふりかえって、
人生は森のなかの一日のようだったと
言えたら、わたしはうれしい。

この詩を読んだ直後は、言葉になりませんでした。

あれから、何度読んだのか?今は、

少しみえるものがあります。


私も、苺は大好きな果物…
なので、悲しみをもたずに、
大きな木の下で再会するため、
いまを生きようと思います。

『人生は森のなかの一日のようだった…』
と笑って言うために。



◾️最後に、この本に寄せられた言葉を◾️

すべての、それぞれの

愛するひとを

見送ったひとに

落合恵子

母を見送った季節が、
まもなくやってくる。
喪失の悲しみを
いやすことはできないし、
その必要もないと
考えるわたしがいる。
なぜならそれは、
まるごとの、そのひとを
愛したあかしであるのだから。
悲しみさえもいとおしい。
けれども、どうしようもなく
こころが疼くとき、
長田弘さんの、この、
ふたつの「絆」の詩を
声にだして読む。
人生に余分なものは
何ひとつない、と。

#詩ふたつ #長田弘 #グスタフクリムト #人生は森のなかの一日 #落合恵子 #推薦図書 #絆 #喪失の悲しみ #クレヨンハウス


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