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棚の本:傷を愛せるか 増補新版

精神科医、研究者の宮地尚子先生によるエッセイ。
文庫化で増補新版となりました。

くまとら便り

天気のいい午後。
外出先で読む本がないと思って飛び込んだ本屋さんで、手に取りました。
帯の「ケア」という言葉が、「ケアの倫理」というキーワードと重なり、棚へ。

中身は、タイトルの印象ほど重くありません。

タイトルの「傷」は、被害者・患者のそれであると同時に、おそらく著者の「傷」も意味しています。
著者はトラウマの研究者(最近話題となった男性の性被害も)で、精神科医として臨床も担当されていますが、職業生活の中で抱える無力感や罪悪感も正直にさらけ出します。

旅好きな方のようで、エッセイの中には、(学会や研究で訪れた)ブエノスアイレス、座間味、バリといった各地の教会・御嶽・寺院で、著者が祈る/祈ってもらうエピソードがいくつか出てきます。
「組織だった宗教は苦手」な著者が、旅先での祈りについて記すのは、その必要を実感される場面を多く経験されているからかもしれません。

祈りは、何かのよい状態やよいものを「信じることができる」ことの証で、「何もできない」、「何もしてあげられない」と思っても、なおなし得る重要なことなのかもしれない、そう思いました。 

それから、旅で心が癒されるのは、場所を移動することで、日々の出来事からの距離が離れるからだろうか、とも。

トラウマ研究や、精神科の臨床ほどの重圧やストレスではないにしろ、どんな仕事でも、長く働けば、心身の負荷はあります。
ー多分、私も、そんな風に少しずつ傷ついていたんだな。

自分の傷も他者の傷と同じように、回復を信じて祈り、見守る必要がある、と静かに語りかけられているような読書でした。

ー「傷」といえば。
棚主には、額に子供の頃に作った縫い傷がありました。
こたつの角に額をぶつけて切った、何の思い入れもない傷ですが、頭部の傷ということもあって、何十年もそのままにしていました。
親や近しい人からも「そのままでいい」と言われたし、自分でも同じように思ってきました。

今年、不意に思い立って形成外科に行ったら、部分麻酔で縫い直せると言われ、拍子抜けしました。 
手術時間は15分、費用は健康保険で12000円でした。

3歳からあった古い傷跡は、随分目立たなくなりました。
「傷が私」という訳でも、なかったのだな、と。

本書の著者が目撃する心のトラウマは、手術のできる身体の傷と違い、安易な物言いはできないと思うけれども。













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