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SF小説「ジャングル・ニップス」4-7

土着系SF小説「ジャングル・ニップスの日常」第4章シーン7

ニュー・バランス

「オレ、お昼食べるとこなんだよ。なんか用意しようか?」

タローがヤスオに透明のアクリル板に挟まれたカードを渡す。

プレミア物のベースボールカードかなとショーネンは思った。

「ああ、そうなんだよタロー。ピーター・メイヒュ-が亡くなったって、さっきエミちゃんの所でトシと話したばかりなんだ。」

ヤスオが見せたカードを見てエースケが言った。

「そうか、トシの所にオレ最近顔だしてないな。ショックだったよオレも。だからそのメンコ、今度ヤスオが来たらあげようと思ってとって置いたんだよ。」

チューバッカとストーム・トルーパーらしきイラストがショーネンにも見えた。

「あと一作なのになぁ、なんて最初は思ったけど。観ないで逝く方が幸せなのかもなぁ、なんてな。」

タローがそう言いながらノート・パソコンを弄り店内のアレックス・ジョーンズの声を消した

「たしかに。そうゆうものかもな。」

ヤスオがもう一度カードを眺める。

「ねえ、お昼ナニ食べるの?」

キヨミがミタラシを床に放しそう聞いた。

「ああ、チーズ・トーストにしようと思ってたんだけど。買ってこないとパンが足りないかな。」

「オレ達はさっきトシとエミちゃんにご馳走して貰ってきたから大丈夫だぞ。」

エースケが足元に絡みついてきたミタラシを抱き上げる。

「そうか。んじゃキヨミちゃん、チーズ・トースト食べる?」

タローがそう言いながら立ち上がる。

タバコを吸いたいなとショーネンは思った。

「あ、ひさしぶり。」

タローが入り口に声をかける。

振り返ると上下ジャージ姿の少女が立っていた。

「この前話したあれ、見つかったよ。」

黒に赤線のプーマのジャージはビンテージなのか体操着みたいだ。

片側だけ後ろにとめたオカッパ頭がパンクっぽい。

缶バッジだらけのキャンバス生地のあれは、最近懐かしい学生カバンだ。

こうゆうタイプの仲間が一人、学生時代ショーネンにもいた。

「あれ?可愛いはねその靴。」

キヨミがスニーカーを見てそう言うと、少女は少し驚いた表情をした。

青に黄色のアシックスのハイカットのスニーカーだが見慣れない形をしている。

生地が薄いのか極端に小さい。

足袋みたいだ。

走り屋のレーシングシューズか何かかなとショーネンは思った。

「ショーネン、ちょっと外で一本着けよう。」

ヤスオに言われてショーネンが頷く。

あ、あれは、そうか。

「それ、もしかして、レスリングシューズ?」

入り口ですれ違いに聞くと、少女はショーネンの顔をジッと見てコクリと頷いた。

高校生くらいだと思ったが、二十代中頃のようだ。

神経質そうな仕草に親近感を持ったが、ショーネンはそれ以上なにも言わず外に出た。

眩しい。

ヤスオさんはローソンに停めた車に何か取りに行くようだ。

ショーネンはトイレに行ってブレンド・コーヒーを買うことにした。

ここは確か昔、スーパーだったはずだ。

雑誌コーナーで背の高い西洋人が立ち読みしている。

世田谷ベースか。

日本に慣れている。

荷物を持っていない。

英会話の教師。

アメリカ人ではなさそうだ。

ニューバランスの靴はABCマートとかでは売っていない高級なタイプだ。

CIAだと想像することにしてショーネンはトイレにはいった。

小奇麗に清掃してある。

このムラサキの小さな花の名前はなんだろうか。

珍しい。

最近どこもコンビニのトイレは荒れている。

従業員削減のせいだけではない気がする。

ティッシュが床に落ちていたり、洗面台が濡れっぱなしなっていても、そのまま使う客ばかりになったからだ。

見えないところで徳を積む、そうゆう日本人の気質がなくなった。

そんな気がする。

前のヒトが汚して出たら、怒る前に簡単な清掃をしてやる。

日本人的なそうゆう美意識が消えてしまったのだ。

アイデンティティー。

そうゆうものか。

美意識だけが個人の正当なアイデンティティーなのかもしれない。

タバコの吸い殻は見苦しいからポイ捨てしない。

少しでも美意識があれば言われなくてもするはずの事。

日本人が無くしたのはアイデンティティーではなく美意識かもしれない。

電飾と看板と電柱とアスファルトの街。

定時に必ず来るゴミ収集車。

一人きりで暮らす若者達。

ペットボトルとコンビニ弁当。

美意識が薄れて当然だ。

他人は景色の一部でしかない。

こうやってコンビニのトイレで小便をする男が後の男に気を遣う理由がない。

しまった。

不覚。

小便が少し便器のふちにかかっている。

ショーネンはトイレットペーパーを巻き取り、水滴を丁寧に拭き取ってみた。

つづく

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土着系SFファンタジー小説「ジャングル・ニップスの日常」|blend1990 #note https://note.com/blend1990/m/m026ebebee596

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