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ネルヴァル『廃嫡者』|フランス詩を訳してみました🇫🇷

🇫🇷 『廃嫡者』
  ジェラール・ド・ネルヴァル



私は陰鬱なる者、―妻亡き者、―慰められ得ぬ者
うち棄てられた塔に棲むアキテーヌの君主
我が唯一の星は死に絶え
星辰を散らしたリュートは
憂鬱の黒き陽を抱えている

墓の夜の中で私を慰めてくれた君よ
返してくれ
ポシリポの丘とイタリアの海を
荒れ果てた我が心を大いに喜ばしめた花や
若枝が薔薇と絡み合う葡萄棚を

己は愛の神アモール光の神ポイボスか?
リュジニャン妖精を妻にした伝説の王ビロン武将@ヴァロワ民謡か?
我が額は王妃の口づけを受けてまだ赤らんでいる
そしてまた
私はの人魚の泳ぐ洞窟の中で夢を見た…

さらに私は冥府のアケロン河を二度、勝ち誇って渡ったのだ
オルフェウスの竪琴の音色になら
聖女のため息と妖精の叫びとに
交々こもごもに 調べを重ねながら



🇫🇷 フランス語バージョン



El Desdichado
 Gérard de Nerval

Je suis le ténébreux, – le veuf, – l’inconsolé,
Le prince d’Aquitaine à la tour abolie :
Ma seule etoile est morte, – et mon luth constellé
Porte le soleil noir de la mélancolie.

Dans la nuit du tombeau, toi qui m’as consolé,
Rends-moi le Pausilippe et la mer d’Italie,
La fleur qui plaisait tant à mon coeur désolé,
Et la treille où le pampre à la rose s’allie.

Suis-je Amour ou Phébus ?… Lusignan ou Biron ?
Mon front est rouge encor du baiser de la reine ;
J’ai rêvé dans la grotte où nage la syrène…

Et j’ai deux fois vainqueur traversé l’Achéron :
Modulant tour à tour sur la lyre d’Orphée
Les soupirs de la sainte et les cris de la fée.



🇫🇷 この詩に思うこと


noter仲間の守屋聡史さんが、時々英米の詩を紹介してくださいます。
その様子が実にスマートで、詩もとても心に響くので、カッコいいなあと思っていました。

英語力が遠く及ばないので、私も何か訳してみようと思ったら、残るはフランス語しかなくて。英語よりさらに輪をかけて貧弱な語学力ですので、いっそのこと開き直って、学習者としてチャレンジすることにしました。

『百年のフランス詩』という対訳本の中で、心魅かれたネルヴァル(1808-1855)の『廃嫡者』。

手元にあるふたつの和訳で答え合わせをしながら、なんとか自力で訳し終えました。辞書と首っ引きでしたが(^^ゞ

固有名詞は知らないものもありましたが、私でも訳せたので、平明な言葉で書かれている詩だと思います。

ネルヴァルは、この詩を遺した一年後に、自由と孤独の街パリで縊死しました。
のちのシュルレアリスムにもつながる幻想の世界。
わかりにくいと思われる方もいそうなので、少し書いてみます。

専門家による和訳を見て考えさせられた点。
たとえば、王妃(la reine)や人魚(la syrène)などの女性名詞に、単数形の定冠詞 la が添えられているのですが、訳出の都合で、不定冠詞のように訳されています。
おそらく、特定の人のおもかげを追っているように、私には感じられました。とはいえ、事事ことごとしく「その」とか「かの」を冠していたら、日本語では不自然になります。このへんが、難しいところですね...。

調べてみると、ネルヴァルは、神秘的な女性のイマージュを心に抱き続けていたようです。それは、過去の恋人や実の母親、聖母マリアや神話伝説に語られてきた女性たちの混合体。理想の女性として崇めていたというよりは、焦がれつつ畏れるべき女性にょしょう、究極の至福と赦しの神秘的な具現者だったようです。
この詩で呼びかけている君(toi)や星(étoile)、王妃や人魚、聖女や妖精がそれにあたるのでしょう。

そして、「冥府の河を二度勝ち誇って渡った」とありますが、生と死を分ける河ではなく、正気と狂気を分かつ河のことのよう。生涯に二度ほど、「夢の溢れ」=錯乱した時期を過ごした経験を、詩に込めているとも言われています。

最後の2行は、厳密に書くと「オルフェウスの竪琴の音色の調子で、かの(ひとりの)聖女の(複数の)ため息の調子と、かの(ひとりの)妖精の(複数の)叫びの調子とに、交互に転調しながら」の意味だと思います。
「オルフェウスの竪琴に乗せて」との訳も見かけましたが、それだとオルフェウスの竪琴そのものを奏でている意味にとれます。
前置詞"sur"に相当悩まされましたが、「〜の音調で」の意味もあるので、あくまでも自分の竪琴を奏でている意を示そうと、苦心しました。
詩人とは、自分のことばで語る存在ですので、他人の竪琴は奏でないように思えて。自分をオルフェウスに見立てたい心理もあるでしょうから、判断が難しいところですが…。(詩の全体を比喩と思えば、細かいところはどちらでもよいのでしょうし。)

聖女のため息と妖精の叫びは、それぞれ苦しげな法悦と異界的な幻夢の間で、振り子のように振れている圧倒的な感覚を表しているのでしょうか。

闇に泥むほどナイーヴで純粋な魂が、近代合理主義によって立ち勝りすぎた理性のくびきのなか、美や聖性、愛や神秘を求めて熱病のようにさまよう、この一編の〈魂の叙事詩〉が好きです。...フランス詩が見せる象徴性って、そういうところがあるかもね🤔





次にまた挑戦するときは、ランボオのサンサスィヨン/Sensation/感動 を訳してみようかと思っています。


タイトル画像は、Darkmoon_Art様@pixabay。Editor's Choice Award をたくさん受賞されています😍


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