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ボードレール「恋人たちの死」La Mort des Amants|男女で訳し分け


💎 男性編


ふたりの臥所ふしどを 軽やかな香りで満たそう
寝椅子ディヴァンを 墓のようにゆったりと深く
そして棚の上には さらに美しい天のもとで
我らのために咲いた くすしき花を 

これを末期まつご我勝われがちに情熱を使い果たす
ふたつの心臓は燃え盛る松明たいまつとなり
二重の光明をなし 互いを映し合う
我らの魂、これら対なる鏡の間で

る夕暮れに 神秘なる薔薇色と青が広がり
我らはただひとつの閃光を交わし合うだろう
溢れる永別の 長いむせび泣きを残して

やがて、ひとりの天使が扉を左右に開け放ち
まごころと歓喜を携えて 降り来たるだろう
曇った鏡と 消え去った炎とを よみがえらせるために



💎 女性編


ふたりのしとねを かすかな薫りで満たしましょう
寝椅子ディヴァンには 墓さびた深さを
そして飾り棚には いっそう美しい空のもとで
私たちのためにほころんだ たえなる花を 

これを限りと競い合い 熱を注ぎ尽くす
ふたりの心は 燃え上がるかがり火となり
きらめきを増し重ね 互いを映し合う
ふたつの魂、双子みたいな鏡を合わせて

不思議なバラ色と青の織りなす夕べが来たら
私たち 至上の光を交わし合うのね
満ちてこぼれたさよならの すすり泣きをひとすじ 引きながら

しばらくして、天使がひとり 扉をわずかに開いて
忠実まめやかに よろこばしげに 訪ねてくるわ
色褪いろあせた鏡と 息絶えた炎とに 命を宿らせる そのために



💎 フランス語の原詩



La Mort des Amants


Nous aurons des lits pleins d'odeurs légères,
Des divans profonds comme des tombeaux,
Et d'étranges fleurs sur des étagères,
Ecloses pour nous sous des cieux plus beaux.

Usant à l'envi leurs chaleurs dernières,
Nos deux cœurs seront deux vastes flambeaux,
Qui réfléchiront leurs doubles lumières
Dans nos deux esprits, ces miroirs jumeaux.

Un soir fait de rose et de bleu mystique,
Nous échangerons un éclair unique,
Comme un long sanglot, tout chargé d'adieux;

Et plus tard un Ange, entr'ouvrant les portes,
Viendra ranimer, fidèle et joyeux,
Les miroirs ternis et les flammes mortes.


 ──Charles Baudelaire

💎 訳してみて思ったこと


 除夜の鐘を聞きながら。「春の海」を聞きながら。目醒めたまま見る初夢のように。
 ──年末年始の集大成をお届けいたします。ふう。

 sonnetソネ(十四行詩)で、脚韻はabab abab ccd efe 。pentamètreペンタメトル五歩格ごほかく)という、10音節を基本とする韻律の詩です。

 愛しあうふたりが、死を間近に控えて、ささやき交わしている...という情景を描いた詩でしょうか。あるいは、肉体の死によって魂が浄化され、再び結び合わされる、という願いゆえに死を急ぐのでしょうか。それとも単に、地上の愛の恍惚を美しく表した一篇でしょうか。いつもながら、多義的な含みを持った詩ではあります。
 でも、初めて読んだときは、手放しでうっとりしました(^^) 「美しすぎて死にそう(T_T)」な気のする極めつけの美です。

 作者様が男性なので、男性の歌として訳してみましたが、YouTubeで朗読を聞いていると、男性らしさを抑えてんでいる男性もいます。日本語訳を覗いてみると、性別を感じさせない訳になっているものもあれば、「僕たち」と訳してあるものも。
 原文の主語は "nous" 。英語でいうところの"we"です。
 そこで、この際、物語風に、女性バージョンもつくってみました。男性バージョンのほうは、19世紀なのでやや古風に、荘重に。女性バージョンはより物語風にキラキラと、そしてエレガントにしました。

 ひとつの単語にいろんな意味が含まれているため、二通りの訳をつくると万遍まんべんなく意味を拾えて、存分に楽しめます。

 いつもの苦労話をするなら:
Un soir fait de rose et de bleu mystique
のfaitは過去分詞だったのに、同型の三人称単数現在の線で読み解こうとして、faireに自動詞がないことから何日もあれやこれや推理に悩んだこと。真夜中にふと目が醒めて、うーん...と考えていたときに、ふと「形容詞...過去分詞か!」と閃きました。この一行、そして過去分詞 fait、二度と忘れませんとも(T_T)


💎 朗読&ドビュッシー、そしてカーラ・ブルーニ

 動画を3つご紹介。
 この詩は、ドビュッシーによる歌曲があるようです(◍•ᴗ•◍)✧*。
 そして、カーラ・ブルーニも♡ 彼女の大人びたアンニュイな声はけっこう好きで、一時期よく聞いていました。以前、フランス人ネイティブ男性とサシで(?)レッスンを受けていたことがあって。その時に、フランス語の歌を聴きたいとリクエストしたところ、カーラのアルバムを教えてもらえたのでした。


①朗読。あのコメディ・フランセーズですよ😍↓


②ドビュッシーの歌曲。歌い手はドーン・アップショウ↓


③カーラ・ブルーニ。すべて持って行かれそうな独自の世界観は、このひとにしかつくれないかもね。プレイリストに入れて、しばらく聞くことにします。




💎 タイトル画像

フランク・ディクシー《ロミオとジュリエット》
🎨Frank Bernard Dicksee (1853-1928)  👶⭐️ロンドン

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