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イタリアの秘境を行く #3 アブルッツォ編 巨匠のワイン


エミディオ・ぺぺという伝説 。

情報の少ないアブルッツォ州で、ワールドワイドに有名なのがトレッビアーノとモンテプルチアーノいう土着ブドウ品種のワインで名声を得たワイナリー、エミディオ・ぺぺ、ジャンニ・マッシャレッリ、ヴァレンティーニ。ワイン好きであれば一度は飲んでみたい銘柄であるのは間違いない。

数年前にマルケ州を訪れ、あともう少しで隣のアブルッツォという州境にいた。その時に、エミディオ・ぺぺは近いんだよな、行ってみたいなと考えていたのを今も思い出す。

エミディオ・ぺぺを代表する白品種がトレッビアーノ・ダブルッツォ。これほど有名になったのは、トレッビアーノというイタリア各地で栽培されている、どちらかといえば凡庸で没個性的な品種から全く評価の異なるワインを完成させたからだ。

ワインのブドウ品種にはシャルドネやカベルネ・ソービニヨンに代表される、どんな土地にも対応して栽培可能な国際品種と言われるタイプと、特定の土壌でなければ育ちにくく個性も発揮しない土着品種と言われるタイプがある。土着品種の宝庫と言われるイタリアで、トレッビアーノは珍しく、各地である意味イージーに育つ国際品種的な性格のブドウだ。味わいはよくいえばニュートラル、悪くいえば印象に残らない。

今回の旅では、イタリアワインのソムリエ、故・内藤和雄さんの言葉を残そうと制作した「土着品種でめぐる イタリアワインの愛し方」(講談社)<2022.09刊行>
に登場する内藤さんと親交のあったワイナリーを訪問して本を届けようというミッションがあった。トレッビアーノの頁で内藤さんは「トレッビアーノの潜在力を信じて、これを知らしめたアブルッツォ州の造り手たちの本気度に敬意を表わし、僕はこの品種をアブルッツォ代表として紹介したい」として、代表格にエミディオ・ぺぺの名もあげていた。


ごく普通の田舎道に忽然と現れたエミディオ・ペペのカンティーナとアグリツーリズモは瀟洒であるものの威圧感は皆無。まずは愛想の良いワイナリー犬が到着を歓迎してくれた。数年前にできたとアグリツーリズモは、アパートメントタイプもあり長期の宿泊者もいるようだ。着いて納得。丘陵を眺めるとそのパノラマのたおやかさに、広い空に、思わず深呼吸して手を広げたくなる。


アグリツーリズモの部屋から見える風景。緩やかな丘陵の上にあり、360度に近いパノラマ。
ワイナリー犬。ワイナリーの犬や猫に会うのもワイナリーの楽しみの一つ。このワンの名前はアジア。


ディナーの前には、希望すればカンティーナツアーが実施される。ぺぺ家の孫娘、エリーザが私たちを案内してくれた。受付で私たちを迎えてくれたのも彼女で、家業を手伝い始めたばかりの彼女の瑞々しくパッションに溢れた説明が、イタリアの家族経営の強さを物語っていた。知名度に対してとても小さなカンティーナでは、創業時からの貴重なワインがストックされている。ストックの仕方も手作りというか、手作業の労がみて取れるようなワインボトルの積み方。良年しか醸造しない方針が貫かれており、抜けのある年が意外と多いのに驚く。

瓶熟成中のモンテプルチャーノ・ダブルッツォ。樽熟成でなく瓶熟成がエミディオ・ぺぺのやり方。赤ワインは出荷時に手作業でおり引をする。白のトレッビアーノはこことは別の場所でストックされている。ワインのラベルは出荷時に手で貼る。

カンティーナの前に、木製のオープンな舟型の桶があった。収穫したトレッビアーノを中に敷き、足で踏んでブドウを圧搾するのだという。ソフトプレスが目的だ。ワインの体験イベントみたいだが、ぺぺ家の場合は真剣だ。重要な作業なので基本家族の仕事。一方、赤品種のモンテプルチアーノは、手作業で除梗するとなるべく粒をそのままに、果皮についた野生酵母で自然な発酵を促す。除梗器も手作業用の特注品だ。最近のナチュール、自然派と言われる造り手がやりそうなどと思ってしまうが、エミディオ・ぺぺは1960年代から。それはスタイルというより哲学だ。スタイルは時代によって変わるが哲学は変わらない。

蔵の中に並ぶのはセメントタンクが中心。ワイン醸造が近代化するとステンレンスタンクに置き換わっていったが、それがここでは主役だ。「セメントタンクは自然に固形物が下がるので、負荷がかからず良いデカンタ(濾過)ができます。ステンレスタンクは、中でブドウが対流してしまって別にデカンタの作業が必要になるの」とエリーザ。

セメントタンクの中で2〜2年半発酵を経て、瓶内熟成へ。

創業1964年。戦後、大量生産ワインが増えていった時代に逆行するように質を追求するために手作りを徹底し、ローカル品種のトレッビアーノ、モンテプルチャーノでは誰も試みなかった長期熟成に挑戦し、偉大なワインになることを証明したエミディオ・ペペ。世界に熱狂的なファンコミュニティを形成し、自社の信じるワイン造りを維持してきたやり方は、今、まさに今的だ。

 

伝統料理でもなく、クリエイティブでもなく、コージーな料理から。

エミディオ・ペペのレストランは、宿泊客だけでなく一般客も予約できる。この日は、エリーザの友人のシェフとそのスタッフ、我々と同じく外国人宿泊客が混じってのダイニング。自社農場の食材が積極的に使用されるので、日々メニューは変わる。シェフは最近変わったようで若い。巨匠のワインと若者の料理。マンマの料理でもないし、バリバリのシェフでもない。大きなターバンを巻いたヒッピーみたいな若いシェフが、踊るように厨房の中で動いている。

オープンキッチン。スタッフはシェフはじめ若い!
この日のメニュー。ペアリングするワインの種類を選べる。最初5種類を選んだが、すぐに7種類に変更。

最初の一皿目は、ヴェントリチーナ、ハチミツ、パンとトマト。
印象的な一皿目だった。ヴェントリチーナは唐辛子を練り込んだソフトサラミのようなもので、硬さは作り手によって様々だが、こちらのはネットリのペースト状。サービスの彼が「全部一緒に食べてくださいね」。自分たちで育てた小麦の全粒粉のパンで作ったパンコントマテのようなパンは、全部一緒にと言われたけど、ついパンだけで食べてみた。麦の風味が満開で、このまま食べてしまいそうだったが、言われたとおりヴェントリチーナを塗って、ハチミツ。養蜂もやっていて、ようやく採れた希少な自家製の巣蜜だと紹介された。確かに合わせて食べるとそれぞれにインパクトのある辛味や甘味や旨味がぶつかり合って角がとれる。巣蜜の食感もソフト。
「トレッビアーノ2020。2020は暑い年で早飲みタイプ。蜜感があるので合うと思います」。

左から全粒粉のパンとトマト、巣蜜、ヴェントリチーナ。
ハチミツ色。蜜香もあるが味わいはドライ。

二皿目、ラディッキオ、ヘーゼルナッツとパルミジャーノ。
センスある組み合わせ。ヘーゼルナッツをペースト状にしてパルミジャーノと一緒にしたドレッシングソースとラディッキオの苦味。なぜ今まで食べたことがなかったのかなというぐらい、ありそうなのに食べたことのないパターン。伝統料理というのではないだろうけれど上質な家庭料理のイタリアらしさがある。

シンプルで潔く、変に凝ってないのがいい。
左が2杯目のトレッビアーノ2010。右は2020.
この色の違い。当然味わいも違う。なぜか2010年の方がピチピチまだガス感あり。濃厚に感じた2020が2010を飲んでしまうと平板に感じる。

あと印象的だったペアリングが五皿目のエビのタリオリーニと2010ペコリーノ。ペコリーノは、2006年から始めたと先ほどのカンティーナツアーで聞いた。トレッビアーノと比べるとアロマティックな品種だ。2010年は非常に良年だったそうで凝縮感がすごいがアルコール感も強い。しかし、エビの甲殻類エキスがともかく濃厚で、パスタと合わせた途端にアルコールのインパクトがなりを潜めた。ペコリーノがもはや軽く感じるのだ。

どこか日本のソース焼きそばにも通じる濃厚感。甲殻類の旨みの他、魚醤系の旨みもあり。アジア的なテースト。

メインはアブルッツォらしく羊料理。エビパスタのインパクトが強すぎて、羊の存在感はやや薄れてしまったか。全体的にシンプルだけれどただ単純ではなく工夫されている料理は、特に食材の組み合わせは、自社農場産を中心にしてセンスの良さがある。郷土料理でなかったのも新鮮だし、むやみにクリエイティブを志向していないのも、ある意味自然体を極めたこのワイナリーらしい。巨匠ワインと言われるエミディオ・ペペだが、これから目指すのは権威の維持ではなく、その先なのだろう。そんな意図を感じさせる料理だった。

この日ペアリング7種で供されたワイン。


朝、ミーティングをするスタッフ。毎日この風景とともに暮らしているのか、、、。



今後の取材調査費に使わせていただきます。