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【読書】『星の王子さま』が光を放つわけ

『星の王子さま』。

数えきれないほどの人がこの本について語ってきたけれど、決して語り尽くされるということがない、不思議な名作。

何度読んでも、読み終えた気がしない。
何度語っても、語り尽くせた気がしない。

それは、なぜなんだろう。
だってこんなに薄い本なのに。
子どもにも読める、平らかで素直な言葉で書かれた本なのに。
あらすじだって極めてシンプルだ(砂漠に不時着した飛行士と、彼の前にふいに現れた不思議な少年「星の王子さま」との友情の物語)。

それなのになぜ、この物語は、これほどまでに「読み終える」ことができないんだろう?

そんなことをぼんやり思いながら繰り返し読むうちに(読み終えた気がしないので、何度も何度も読んでしまう)、物語の中に出てくるこの文章が、その秘密について明かしているように、わたしには思えてきた。

「砂漠がきれいだ……」と王子さまは続けた。
 それは本当だった。ぼくはずっと前から砂漠が好きだった。砂丘の上に座る。何も見えない。何も聞こえない。そのうちに、静寂の中で何かが光を放ちはじめる。

「砂漠がきれいなのは」と王子さまは言った、「どこかに井戸を1つ隠しているからだよ」

 砂漠が放つ光の秘密がいきなり明らかになったみたいで、ぼくはびっくりした。まだ小さかったころ、ぼくはとても古い家に住んでいて、その家にはどこかに宝物が埋められているという言い伝えがあった。もちろん誰もそれをまだ見つけていなかったし、ひょっとすると誰も探してもいなかったかもしれない。でも、そのおかげで家ぜんたいがすてきになった。ぼくの家はその心の深いところに秘密を隠していた……
「そうか」とぼくは彼に言った。「家でも、星でも、砂漠でも、きれいに見えるのは何かを隠しているからなんだ!」

(中略)

「きみのところの人たちは」と王子さまは言った、「たった1つの庭で5000本のバラを育てている……それでも自分たちが探しているものを見つけられない……」
「そうなんだよ」とぼくは答えた。
「みんなが探しているものはたった一本のバラやほんの少しの水の中に見つかるのに……」
「そのとおりだ」とぼくは言った。
 王子さまはこう付け足したーー
「目には見えないんだ。心で探さないとだめなのさ」

『星の王子さま』より


「砂漠の井戸」は、ただの井戸とはまるで違う意味を持つ。

「砂漠の井戸」は、熾烈な太陽や死の恐怖のその先に見つけた希望そのもの、喜びそのものだ。

そのことを心が感知する、だからこそ「砂漠の井戸」はただの井戸とはまったく違う光を放つ。

この物語も、きっと同じ。

ここには、読み手自身の人生が含まれている、だからこそ、読み手の心がそれを感知して、光を放つ。
この本を語ろうと思ったら、「自分の人生」を語らなくてはならない、だからこそ、語り尽くせない。

童話風で子ども向けにも見える、この物語。
でもこの本は明らかに大人向けだと、わたしは思う。
そこに隠された光を見るために、読み手のそれまでの人生を必要とするから。
自分の人生と照らし合わせることなしには読めない物語だから。

人生はもちろん人によって違うから、読み手によって、あるいは人生のどの時期に読むかによって、そこに見える光の色もまた、変わっていく。

『星の王子さま』は、覗きこむたびに見えるものが変わる魔法の水晶みたいな名作だと、わたしは思う。


最後までお読みいただきありがとうございました。
どうぞ素敵な読書体験を!

※書影は版元ドットコム様よりお借りしています。




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