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トルコのウイグル族の友人の商売ー文化人類学的調査こぼれ話

トルコにいた時のわたしのウイグル族の友人は、常に商売をしていた。

トルコ留学をこころざして1年半まえに中国を出国し、イスタンブルでスカーフの制作&販売の会社(ウイグル族の社長)で秘書をしていた彼女は、自身の漢語能力をいかして制作業務を請け負っている中国とのあいだのやりとりをしていた。そのほか自身の人脈をつかっての新疆の商人とのあいだでの取引もしており、そのおかげで、ウイグル族が国際的に活発に動いている姿を間近でみられてとても興味深かった。

彼女は生活費を節約するため、13人のトルコ人の若い女の子たちとルームシェアをしていた。ちょっと大きめのファミリーアパートの全寝室に2段ベットが入るだけ入れてあるのだ。入居しているのは未婚の女性ばかりだった。

そこで彼女は寮費がいくら、学費(語学研修費)がいくら、イスタンブル在住ウイグル族の子たちとのあいだでの貸し借りがいくら、踏み倒された!(返済しないまま新疆に帰られた!と新疆にいる妹に「取り立てて!」と連絡したり)、返済を要求された!(「お金かして!」とわたしにもいう)、と彼女のそばにいると金の問題が常にかまびすしかった。

その彼女が自社のスカーフを寮で販売するのだとたくさん持ってかえってきたときがあった。
トルコ人デザイナーデザインの中国製のシルクであるそれは、実に美しかった。
はて、どうやって売るのかなと思ってみていたら、度肝を抜かれた。

持ってきた大量のスカーフを、あっというまに全部寮の13人の女の子たちにくばったのである。

彼女の手もとはからっぽ。

13人の女の子たちはいなくなる。でかける。あわわ。


それがどうなるかというと、数日のうちに、女の子たちが実家や親族の家にもっていって家にいる女性たちに見せ、購入する人がいたら、そのお金はウイグル族の彼女に届けに来てくれるのだ。

律儀だ。
というか見事な遠隔信用取引(意味違います)。

イスラム圏では女性は外にでてこないようにみえるが、こういうネットワークが発達しているので、家にいながらにして女性たちは結構ショッピングを楽しんでいる。

新疆の最西端の都市カシュガルにいたときも、結婚式の準備中の世帯で、お父さんがバザールから金の装身具を借りてきたときがあった(結納用)。公務員の月収の数か月分になんなんとする実にまばゆい品である。花弁がたの加工がきれいで、身の程知らずにもわたしも「わ、欲しいな」などと思ったりしていた。これ、貸してもらえるの?信用というか盗まれない自信というか、そうやって売るものだというか、まあ知り合い関係をたどれば商品の追跡をすることは可能なんだろうなというか、複合的なネットワークというかなんかが、すごいなと思った。

ここでは家とはネットワークの結節点にすぎず、私的なブラックボックスたりえないのである。

しかしトルコでいつも金に困っている彼女が、もってきた品をすべて手を放してしまうのをみると、なんかあったら弁償するんでしょう?こわくないの?この13人ってそんなに信用している関係とは違うでしょう?と思うのだが、そういうものらしい。日本人としては、どうにも商品は金であり、金は商品とひきかえに渡すものと思いがちなのだが。しかもまだ来て1年半目の異国。どうなっちゃってるの?


盗まれたりってなかった?と彼女にあとで聞いたら、どうやら一枚紛失したらしい。

実家がカザフスタンのトルコ人の女の子にわたしたもので、それどうするの?!と聞いたら、まあ追跡する方法はある。彼女の親族(含カザフスタン)に電話をして、〇〇というブランド名の入っている品はないかと聞くのだそう。そしてそれは必ずみつかるのだそう。でも面倒くさいからやらん、その子はよく親に教えられていない子だとわかったのでもういい、と、彼女は結局その紛失を放置した。
盗まれることもやっぱりあるんだな、と思った。
「必ずみつかる」とさらりと言ってのけた彼女の口調にも感心した。

そんなことを、あとに牧畜民(パキスタン)の調査をしたときに思い出した。

牧畜民はかれらの唯一の財産であるヒツジ、ヤギの群れを、世帯の家畜囲いからおいだしたあと、集落内に放つ。


一頭、いくら!
裕福とはいえない牧畜民の世帯の、ほぼ唯一に近い換金物。


でもそれは取られはしない。
その固有の外観を見分ける方法はみな知っている。

数日いなくなりつづけたりしたら、付近の家に探しにいく。
こういう外観をしたこの性別の何歳の、誰にもらった誰所有の家畜から生まれたどの家畜、
そうした家畜は、たとえそれが聞かれた人の家の家畜囲いにいなかったとしても、いつどこで見た、と人は必ず教えてくれる。
そして家のなかには誰もが迎え入れられる。
秘密の場所などどこにもない。
秘密にしておける関係もない(その日のうちに探しにこないと泌乳中のメスなどは乳をしぼられてしまい、その所有権は所有者にはない!などいろいろ面白い側面もあったのだがw。余談)。

夏季の山上の万年雪の近くでの放牧中

百数十頭いた調査世帯所有の家畜は、毎日数頭がいなくなったが


そんな管理のしかたで、かれらはその夏結果的に一頭の家畜も失っていなかった。


なんというか、そういう商売のしかたが、異民族であるトルコ人とのあいだでもできるし、それでやると踏みだせたウイグル族とトルコ人とは、異民族だけど、やっぱり根っこがつながってるんだろうな、と思うのである。牧畜という、モノではなく、動きまわるものの所有のしかたを土台とした財産のさばきかたをしる民族として(と思うんですが、どうでしょうね♪)。

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