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就労困難者特化型の受発注プラットフォームを開設し「仕事で大活躍できる社会」へ

 「おしゃべりラボ~しあわせSocial Design~」2024年4月13日の放送は、障がいや難病のある方が仕事を通じて大活躍できる社会を目指し、新たな社会インフラとして国内最大級の障がい者特化型のDXプラットフォームを運営するVALT JAPAN株式会社代表取締役CEO、小野貴也(たかなり)さんの前編でした。

「働く場」より「居場所」的な側面が強い就労継続支援事業所

 働く意思があるものの働くことができていない障がい者や難病のある人々は国内に1500万人いると言われています。こういった就労困難者が仕事を通じて大活躍できる「新たな社会インフラづくり」に挑戦しようと、2014年にVALT JAPANを設立しました。
 
 日本の障害者手帳所持者は約1000万人強と言われていますが、生産年齢人口である18歳から64歳に該当するのは大体500万人から600万人です。このうち企業に就職されている方はわずか100万人弱しかおらず、なかなかハードルが高いのが実情です。そこで、働く意思はあるものの職に就けていない障がい者のために、国が「就労継続支援事業所」と呼ばれる障害福祉サービスを設けています。
 この事業所はいわゆる社会保障費を活用しながら、株式会社や一般社団法人、NPOなどの民間が経営・運営をしています。シール貼り、お菓子の詰め合わせなどの軽作業や、動画作成、データ入力といったデジタル系作業など、さまざまな仕事を民間企業や自治体から受注し、作業を行う障がい者のみなさんが賃金(工賃)をもらうという仕組みになっています。
 あまり知られていませんが、就労継続支援事業所は国内にセブンイレブンと同じくらいの数、約2万か所もあるのです。障害者就労のセーフティネットとも言われる所以ですね。
  ところが昨今、事業所が受注する仕事が減少してしまい、障がい者の方々にとっての「働く場」ではなく「居場所」になってしまっている現実を知る機会がありました。経営者が健全な運営をしたいと思っていても、もともと福祉的な支援員だった方が多く、営業の経験が乏しいわけです。したがって、若者が望むデジタル系などの新しい仕事を受注できないという構造的な問題もありました。 

2つの社会問題を同時に解決する仕組み

 そもそも私たちが解決したい社会問題が二つありました。一つはこの「就労困難者問題」。それともう一つ、同じくらい重要視していたのが「労働人口の減少問題」です。
 その解決に向けて、私たちは民間企業や自治体の需要が多い業務、なかでもデータ入力やAI開発、データベース開発などのデジタル系の仕事を中心に営業をかけ、大量に仕事を受注することに成功しました。そして、仕事を細分化して、各事業所や「在宅でなら働ける」というひきこもりの方などに再委託をして、仕事を流通させる仕組みをつくり上げたのです。
 もちろん、仕事としての品質や納期が重要なので、全ての事業所について人材やパフォーマンス、得意分野などの情報を集積し、データ化した上で、仕事とのマッチングを行います。さらに、そこに障がいのある方の特徴として「体調」「精神状態」などの変数がでてくるのですが、これもきちんと配慮した上で経済性が成り立つよう、私たちがサポートしています。
 仕事の質の担保ですが、まずは仕事を適切に割り振ること(アサインメント)が重要です。そして、製品(成果物)については、各事業所でしっかりと品質チェックを行う仕組みをサポートし、さらに我々も再チェックを行います。もし、どうしても納期に間に合わない作業があれば、我々が引き取り、さらに別の事業所へ再委託するなどして対応しています。
 こういった仕組みを構築することで、発注する企業側も安心ですし、受注する事業所としても合理的に仕事を回すことができるようになりました。

障害のある人々が「仕事」で自信をもてる社会をめざし起業

 もともと私は製薬会社の出身です。精神疾患系の薬品を扱うMR(医薬情報担当者)だったのですが、あるときうつ病や不安障害、発達障害のある方々の患者会に参加する機会がありました。参加者の方々が話される症状や治療、悩みごとなどの内容はお一人お一人バラバラだったのですが、一つだけ全員に共通していたのが「仕事がうまくいかない」ということだったのです。
 製薬会社の社員として薬の効果については理解しているつもりでしたが、患者さんにとってはその先の状況、つまり症状が緩和して改善し、安定しているのに仕事がうまくいかないことで再び悪化してしまうという負のスパイラルがあることを初めて知り、大きな衝撃を受けました。
 また、自分自身が学生時代から、精神疾患のひとつである摂食障害(過食・嘔吐を繰り返してしまう神経系の疾患)を患っていたのですが、辛い時期には仕事が自分の存在価値をつくってくれたことに救われました。
 このような経験から、薬で解決できない「仕事」という世界で、障がいや難病のある方々が本当に活躍し続けられるような社会インフラを「人生をかけてつくりたい」と思い立ち、そこから3か月後に退職して26歳のときに起業しました。
 
 製薬会社は特殊な世界で、半分はビジネスですが、あとの半分はいわゆる公的な事業だと思っています。つまり、薬価(薬の値段)は基本的に厚生労働省主導で決められるので、現場レベルで収益性をコントロールすることが難しいのです。
 こうした製薬会社特有のビジネス経験しかもっていなかったので、商売の根本的なスキル、例えばプライシングや交渉などの経験はゼロでした。本当に苦労しまして、いろいろなことを試しては100万回ぐらい失敗しました。その都度お客さんや友人たちにいろいろ相談して教えてもらって、もう全吸収ですね。
 ただ1つだけ、「何のために起業したのか」「我々の組織がどういった社会的な影響をもたらすのか」といったミッションだけは大事に持ち続けていました。そうした試行錯誤の末に、障がい者特化型のDXプラットフォーム構想にたどり着いたのです。

◆中村陽一からみた〈ソーシャルデザインのポイント〉

 障がい者の雇用は、長きにわたり社会的な課題として多くの場で挙げられ、政府も法定雇用率を設定するなど制度的な対応を行ってはいるものの、現実にはなかなかうまく進んでいない現状がある。雇用する企業や職場の側でも、賃金以外に、さまざまな障がいのある人びとが働けるよう、職場環境を整備したり、社員間で共有しなければならない事柄が多いため、どうしても腰が重くなりがちな現状がある。
 そんななか、小野さんは「障がい者特化型のDX(Digital Transformation)プラットフォーム」という新たな「社会インフラ」を創案し、実行に移されている。これは、障がい者雇用という社会課題への取り組みを、従来の枠組みを超えたソーシャルデザインの方法論のレベルで具体化した事業だと言える。また一方に「就労困難者」が存在し、他方に「労働力不足」が顕在化しているという2つの社会問題を結びつけ、同時に解決していこうとする点でも画期的なソーシャルデザインであるといってよいと思う。

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