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深く息を吸うこと。#2

【ウィンストン キャスターホワイト】

 17時を過ぎると、「楽しい」の中に無理やり押し込んで閉まっていた「疲れた」が徐々に顔を出し始める。いかに自分から湧き出るマイナスを隠し切ることが出来るか。テーマパークなんてそういう場所だったりする。

 大学のゼミのメンツでテーマパークに行こうと言う話が出たところまでは良かった。しかし、誰も話を進めてくれなかったり、全員の予定がなかなか合わなかったりで無駄に2ヶ月が経過した。
 最終的に僕が話を進めることになり、卒業シーズンで激混みの3月半ばに行くことになった。

 僕は、他の誰よりもしっかりしていて皆をまとめられるという理由で、他のゼミ生に吊し上げられる形でゼミ長に選ばれた。
 ここで僕が吊し上げられたようにゼミ長に選ばれたと感じたのは、僕以外の6人のゼミ仲間が、(ゼミ長はコイツでいいっしょ)という視線を僕に向けてきたからだった。

 男子4人、女子3人のこのゼミの同期組は、多分他のゼミより仲は良いと思う。ゼミ中もにぎやかな空気が漂っているし、怒られる時はみんなで怒られる。月に一度は何人かで飲みに行く。稚拙な表現だが、本当に家族みたいな関係だと思っている。

 しかし問題は、このメンバーを家族と表現するのなら、僕は「しっかり者の長男」という役を与えられていることにある。少なくとも周りからそういうレッテルを貼られているように感じる。
 口数は少ないけどいつも笑顔で穏やかな市川さんを「優しいお母さん」、お酒を飲むと大ドジをする鈴木は「ヤンチャな弟」のように、それぞれを家族の役割として演じるのであれば、おそらく僕は「しっかり者の長男」なのだ。そんな共通認識がゼミの間にはある気がしている。

 「しっかり者の長男」だから僕がゼミ長に選ばれたんだろうなと思うと、少しだけモヤモヤする。
 周りからはしっかり者に見えるだろうけど、課題レポートだっていつも期限ギリギリに取り掛かるし、なんなら授業の単位だっていくつかサボって落としている。
 変に明るくて声も大きい「おてんば妹」の香奈の方が、意外と課題に素早く取り組んでいて、単位も安定していることを僕は知っている。

 だから香奈がチャットグループに投げ捨てた「今度ドリーミー行こうよ!」も僕が拾った。誰も話を進めようとしない様子に耐えられなかったからというのもある。

 東京ドリーミーパークとは、世界的に有名なアニメ会社「ドリーミースタジオ」の世界観を忠実に再現したテーマパークで、アトラクションの他にドリーミースタジオの人気キャラクターのパレードが行われる、世界でも類を見ない規模のテーマパークだ。

 開園時間より早く来て並ぶことになった僕たち男子4人は、ゲート前にいる人の多さに言葉を失った。まだ開園まで1時間以上はあるというのに、ゲートが見えないほど混雑していた。
 この調子だと開園と同時に予約チケットを取らないと乗ることが出来ない最新アトラクション「スパークトレイン」は諦めたほうがいいかな、、、と男子一同その日のプランを考えては、入場前から気持ちが沈んでいた。

 開園15分前ごろに女子3人と合流したが、女子たちも私たち同様、人の多さに驚きを隠せない様子でいた。まだ何もしていないのに、7人の口数は少なかったように感じた。

 それでもいざパーク内に入ると、それなりに楽しかった。案の定スパークトレインの予約チケットは取れなかったが、それ以外の場面では僕たちが組んだプラン通りにアトラクションに乗ることが出来た。人気アトラクションの待ち時間も長くて1時間半に収めることが出来たし、途中軽食を何度か食べることで、適度にお腹も満たすことが出来た。
 そのため、待ち時間の節々で頭の中に浮かび上がる「疲れた」はなんとか「楽しい」の影に押し込むことが出来た。

 しかし17時を過ぎる頃。一通りやりたいことをし終えた僕たち7人は、途方に暮れた様子でパークの端から端までを目的もなく往復していた。
 今からでも乗れるアトラクションはたくさんあるが、なぜか心惹かれず。かといってパレードを見ようにも、一番早くて2時間後に始まるナイトパレードだった。

 適度に軽食を食べていたということもあり、満腹感も相まって誰一人考えごとができなくなっていたのだ。
 ボケーっと歩きながら待ち時間5分くらいの船のアトラクションに乗っては何人かが浅い眠りにつき、子供用のジェットコースターに乗ってはどうにか眠気を覚まそうと精いっぱいだった。
 さっきまで、あれ乗りたいこれ乗りたいと無邪気にはしゃいでは髪の毛を整えて写真を撮りまくっていた香奈も、今は無言でスマホのSNSから流れる情報を更新させまくっている。

 これはなんかよくないと思った僕は、「閉園近くにお土産を見ると混雑するだろうから、どうせなら今お土産を見よう」と提案し、僕たちはお土産売り場のあるエントランス前まで向かった。

 30分後にドリーマー像前集合という約束を交わし、私たちは一旦お土産を買うために分かれた。意外と今日始めて7人が分かれて行動する瞬間だった。

 特にお土産を渡す人もいない僕は、なんとなく文房具のコーナーと缶のクッキーを見た後、何も買わずに誰よりも早くドリーマー像に到着していた。
 僕は近くのベンチに腰掛け、今日撮った写真をまとめてはチャットグループのアルバムに載せる写真を選定していた。

 3月も中盤を過ぎようとしているこの時期。昼間は薄手のコートでも過ごしやすい気温だったのに、この時間だと少し寒く感じる。

 時刻は18時を回る前。沈みかけの太陽が悪あがきをしているかのように、最後の力を振り絞ってこれから訪れる夜に反抗していた。雲一つないオレンジとも紺色ともいえる空を見て、僕は深く息を吸った。

 冷えた空気に混じって、近くのポップコーン売り場から漂う甘い香りが僕の肺に届く。
 すると、なぜか今まで鬱陶しいと思っていた人の波と喧騒が心地よく感じた。僕は吸った息を少しだけ止めて、音を立てるようにふぅと強く長く吐いた。心が落ち着く。
 深く呼吸をする度に、一人の自分と賑やかな周りとの境目が見える。それは決して僕を孤独にさせるものではなく、僕もこの波の一部だと教えてくれるような一種の悟りであった。

 僕がこの場所に集合してから5分が経った頃、小さいお土産袋を持った香奈が1人でこちらに向かってきた。

「香奈1人?横空いてるから座りなよ」
「ありがと。君も1人じゃんか(笑)」
「何買ったの?」
「これ。キーホルダー。1個あげるよ」
「え、なんでよ(笑)」
「これ企画してくれたじゃん。今日1日ずっと楽しかったよ。ありがとう」

 そういって香奈はお昼に食べたワッフル型のキーホルダーを僕に渡した。その後は特に盛り上がる会話もせずに、それぞれが自分のスマホをただ眺めていた。夕日が完全に沈んだのに、パーク内を照らす明かりは昼よりも眩しかった。

 そのときふと、今ならスパークトレインの予約チケットのキャンセル分の空きがあると確信した。根拠はなかった。だから僕は、アルバムに何枚かの写真を上げた後、ドリーミーパークの公式アプリを開いた。

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