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からだの中の記憶たち。その3

それは、とても静かな風景でした。
5歳の私が、月の出ている夜に。
父と母に手を引かれて歩いているのでした。当時2歳の弟は、母におんぶされていました。
これは、これから家に帰るのか、それともどこかへ出かける途中だったのかはわかりません。ただ、ずっと忘れていた記憶でした。
その夜の、月の光、両親につながれた手の感覚。響く足音。
夜の草の香り。ひんやりとした空気などが蘇ってきました。
家族と一緒で、手も繋いでもらっているのに、私は訳も分からずとても悲しく、不安な気持ちで歩いていました。
そして夜空の冷たく光る月を見上げた瞬間、「私は、ひとりなんだな、」
と強烈に感じたのです。今こうして家族と一緒にいるけど、本当はひとりなんだな、と。
私は何故ここにいて、そしてこれから何処へ行くのだろう。
私はいったい、どこから来て、なぜ今ここにいるのだろう。

私は、誰なんだろう?

言葉にすると、このような感覚でしたが、5歳の私には、それをどのようにして両親に伝えればいいのかが分かりませんでした。
月を見上げて、いきなり泣き出した私に、母が、どうしたの?なんで泣いているのと聞いてきます。
私はただ、「月が、月が」と言いながら泣くことしかできませんでした。
なにか、根源的な孤独感、悲しさ、寂寥感のような大きな闇に飲みこまれていくような感覚。これを、どう伝えたらいいのかもわからないし、そして、お母さんにもお父さんにも、きっと言ってもわかってはもらえないだろうという無力感とあきらめの中、泣き続けていました。

この記憶がからだのなかから湧き上がって再体験した時、
私はこどものようにからだをまるめて、静かにしばらく泣き続けました。
そうか、寂しかったんだね、と思いながら。

すべての感情を味わい、それが流れていった後に。
身体がゆるみ、とても深く息が吸えて呼吸をするのが楽になったことに気がつきました。

そして、からだの中の、胸からお腹にかけて、なにか広々とした明るい空間が新たに広がっているのを感じたのです。

*その4に続きます。

(🌿2021年に投稿した記事を再投稿しています)

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