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試し読み: 『デザイン、学びのしくみ ニューヨークの美大講師が考える創造力の伸ばし方』 著者まえがき

2023年7月20日にBNNより刊行される『デザイン、学びのしくみ ニューヨークの美大講師が考える創造力の伸ばし方』(遠藤大輔著)から「著者まえがき」をご紹介します。

ニューヨークの有名美術大学、プラット・インスティテュート(プラット)で著者が実践するデザイン教育の解説書です。デザインの学びには「しくみ」があり、そのしくみを理解することで誰もが創造性やデザインを学べると考える著者のメソッドを公開しています。

プラットは、QS世界大学ランキング 2023年 アート&デザイン部門で世界6位にランクインする名門校。その中で著者は2019年に最優秀教員(Distinguished Teacher)として表彰された実績を持ち、その指導力は高く評価されています。

創造的なデザイン教育のメソッドを具体的に解説している本書は、学校でデザインを教えている方々だけでなく、企業や組織でデザインの指導をする方々や、創造力を伸ばしたいと考えている全ての方に役立つ一冊です。

詳細はこちらをご覧ください。
http://www.bnn.co.jp/books/12252/


本書「はじめに」より


どうすれば、もっとデザインがうまくなるのだろう。
デザイナーとして、そしてデザインを教える者として、ずっと考えてきました。もちろん、その問いの一歩手前には、「良いデザインとは?」というより切実な問いがありますが、理想を思い描く能力も含め、優れたデザイナーを目指すための道筋がきっとあるはずだと考えてきました。人の成長は有機的なもので、その速さには個人差がありますが、学びは決して無作為なものではないはずです。

僕は現在、ニューヨークのブルックリンにある、プラット・インスティテュート(以降「プラット」)という美術大学でデザインを教えています。デザインのコース(課程)を繰り返し教える中で、人の成長にもコース(道順)があることに気づくようになりました。これまで何度も、学生たちが体系的な学習を通して才能を磨き、圧倒的な作品を生み出すのを見てきました。また、創造的な学びを加速する環境に共通する型を理解するようにもなりました。それらをまとめて、デザインの「学びのしくみ」と呼ぶことにしました。

この本を通して、僕がプラットでの活動を通して気づくようになった、デザインの「学びのしくみ」をご紹介します。その多くは、まだ仮説にすぎませんが、デザインを学ぶ人や、教える人たちの参考になればと思い、本にまとめることにしました。

本書は、次の三つのグループの方に向けて書かれています。

デザインを学ぶ人に向けて

デザインを学ぶ一番良い方法は、とにかく手を動かしてデザインしてみることです。少し乱暴に聞こえるかもしれませんが、見様見真似で形を作っているうちに、デザインできるようになる、というのが本当です。

それは、水泳の練習に似ています。泳げるようになるには、とにかく水に入ってみるしかありません。子どもたちは、水の中で遊んでいるうちに、水に浮くことを覚えます。泳げる人の真似をしながら、次第に泳げるようになっていきます。逆に、陸の上でいくら流体力学や人間工学を学んでも、泳げるようにはなりません。泳ぎ方を頭で理解したら、泳げるようになるのではなく、泳ごうとしているうちに、体が泳ぎ方を理解するのです。デザインの学びも同じです。

それで、もしあなたが、これからデザイナーになりたいと思っているなら、(せっかく本書を手にとっていただいたのに恐縮ですが)本を読むよりも、まずは、とにかくデザインを始めてみましょう。デザインの勉強は、文字通り「形から入る」のが一番です。

とはいえ、そう言われてもどこから手をつけて良いのか分からなければ、子どものころに好きなイラストや漫画を真似して描いたのと同じ要領で、好きなデザインを真似してみましょう。あなたには、きっとデザインに興味を持つきっかけになった作品や、あこがれている作家がいるはずです。試行錯誤しながらお手本通りに形を作る過程が、デザインの学びになります。ちなみに、僕のお勧めは文字のデザイン(タイポグラフィ)から始めてみることです。お気に入りの書体をトレースしたり、文字を使ってポスターを作ったりしているうちに、形を作れるようになります。理由はよく分からないけれど、作ることが(苦しいことも含めて)楽しくてしょうがないと感じるなら、あなたには素質があります。

そうやって形が作れるようになると、次第に内容について考えられるようになります。そして、そのうち文脈についても理解が及ぶようになるでしょう。逆に、最初からデザインの理論を学ぼうとすると、手が止まってしまうことがあります。理論も大切ですが、それを学ぶのはデザインできるようになってからで十分です。

本書では、プラットのコニュニケーションデザイン学科のカリキュラム(学習計画)を紐解いて、学生たちが、どんなコースをどんな順番で履修していくのかご紹介します。子どものころから絵を描くのが好きで、美大を目指すことにした学生たちは、美大でも造形から始めて、次第により複雑な内容を扱えるようになっていきます。そして、ほんの数年で、素晴らしいデザインを生み出せるように成長します。

どんな学びでもそうですが、学ぶ内容だけでなく、学ぶ順番が大切です。デザインの能力も、理論的に設計されたカリキュラムに沿って「意図的な練習(Deliberate Practice)」を積み上げることで上達していきます。逆に、デザインを続けていれば、自動的にデザインがうまくなる、というわけではありません。同じ作業をただ繰り返しているだけでは、成長は期待できません。本書の内容は、デザインを学ぶ学生だけでなく、すでにデザイナーとして働いている方にとっても、独学の道標となるはずです。

デザインを教える人に向けて

本書の主な対象は、デザインを教えている方です。デザインの学びは、言語の学びに似ています。例えば、乳幼児は自然に言語を習得するものですが、英語を話す人が身近にいない環境では、自然に英語を話せるようにはなりません。同じように、デザインを学ぶには、視覚言語や造形言語を流暢に話す人から学ぶのが一番です。ゆえに、デザインの技術は、これまでずっと工房における師弟関係をベースとした学習モデルを通して、継承されてきました。工房型の「学びのしくみ」は、現代でも十分に機能しています。

とはいえ、デザイナーであれば、デザインを教えられる、というわけでもないようです。それは、日本人であれば、誰でも日本語を教えられる、というわけではないのと同じです。実際、才能のあるデザイナーが、必ずしもデザインの良い教師になるわけではありません。

前述のように、学生が理論を学ぶのは、形を作れるようになってからで遅くありません。しかし、造形力を意図的な練習を通して積み上げていくには、体系的な学習計画や課題が不可欠です。つまり、学生が形を作ることに段階的に取り組むのを助けるために、教師の側にデザインの論理的な理解が求められます。さらに、学生の未完成な作品を正確に捉え、的確なフィードバックを与えるには、高い造形的(視覚的)な読解力が求められるでしょう。

さらに、本書で何度も繰り返しますが、学びは主体的なものであるべきです。人は能動的に学ぶとき、最も成長します。つまり教師の仕事は、学生の主体性を引き出し、支えることに尽きます。例えば、学生たちが創作に没頭できる環境を整えるのは大切です。本書では、マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology 以降「MIT」)メディアラボのミッチェル・レズニック教授が提唱する、学生を主体とした創造的な学びの場に不可欠な四つの要素を、どのようにデザインの学びの場に適用できるかについて考えます。

デザインの教え方には、いろいろなアプローチがありますが、デザインの「学びのしくみ」を理解することは、それぞれの学生に合わせて学びをカスタマイズする上で有用でしょう。

デザインに興味のあるすべての人に

「デザインは、デザイナーに任せておくには重要すぎる」と言われて久しいですが、すでにデザインは「デザイナー」だけのものではありません。昨今、デザインは表層的なスタイリングだけでなく、未来の思索(試作)や創造的な思考の方法として多くの人たちに活用されています。

デザインリサーチャーのリズ・サンダースとピーター・ジャン・スタッパーズは、デザインの変化を「Design For People, Design With People, Design By People」という三つのステップで説明しています。平たく言うと、デザインは、デザイナーがみんなのためにデザインする時代(Design For People)から、デザイナーとユーザーが一緒にデザインする時代(Design With People)へ、そしてみんなが主体的にデザインする時代(Design By People)へと広がっているということです。

もちろん、優秀なデザイナーたちは、自分の持つ才能をすべて注ぎ込み、誰にとっても使いやすい美しいデザインをこれからも生み出していくことでしょう。しかし、より良いデザインを生み出すために、ユーザーが積極的にその過程に参加したり、みんながオープンソースや人工知能を駆使して自分のためにデザインできるようになることは、デザインの可能性を大きく広げます。少し大袈裟に言えば、アブラハム・リンカーンのゲティスバーグでの演説を彷彿とさせるサンダースとスタッパーズの言葉は、デザインの民主化を宣言するものだったのかもしれません。

デザイナーであり教育者でもあるデイビッド・レインフルトは、プリンストン大学で、リベラルアーツを専攻する学生に対してグラフィックデザインを教えています。誰もがデザインする時代に、デザインは特殊技能というだけでなく、一般教養(リベラルアーツ)でもあるべきだという考えに深く共感します。みんながデザインを学ぶことを通して、創造力を解放し、より自由に生きられる社会が実現すれば本当に素晴らしいでしょう。

本書の内容は、専門性の高い美大でのデザイン教育を扱っていますが、その原則は、すべての人がデザインを学ぶ上で参考になるはずです。

デザイン、学びのしくみ

誤解のないように申し上げておくと、本書はデザイン教育の理想を説くものではありません。また、本書はアメリカのデザイン教育を代表するものではありません。ましてや日本のデザイン教育を批判するものでもありません。むしろ本書は、デザイン教育の高みを目指す過程における僕の個人的な試行錯誤を、一つの参考資料として共有するものです。

本書をお読みになって、「へぇ、そういうやり方もあるのね」と思っていただければ、幸いです。本書が、デザインと関わるすべての人の役に立つことを心から願っています。


本編は、7月20日発売の本書でお楽しみください(紙と電子書籍がございます)。
http://www.bnn.co.jp/books/12252/



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