見出し画像

カートゥンガール

またあの女の子の夢だった。
歌の詞でよく聞くような『愛する』ってのは、つまりこういうことなんだって、確信した。
考える前に理解できた。
史上最強、史上最高の女の子。

「その子、いつもなにかを美味そうに食べてるんだ」
「なにかって、なに」
 僕の隣で、僕の話を聞いてくれてる彼女の名前はポリアンナ。
 夜12時を過ぎたころだった。
「そりゃもう、なんでもだよ。多分さ、なんでもおいしそうに食べる才能があったんだよ」
「それで?」
「それで……って、すごいことだよ。ブロードウェイの売店で売ってるようなアツアツのホットドッグ。ファミマのおにぎり。マリオの食べそうなキノコ。もしかしたら爪の垢も。髪の毛も。なんだっていけるかもしれないんだよ」
「その話さ……」ポリアンナは言う「セックスした後で、私に言うことじゃないと思う」
「あー、そうかな?」
「あんたがまともな人間なら」
ポリアンナとはこれっきり。
だけど、大いなる夢には、大いなる責任が伴うものだと、僕は学習した!
経験値もレベルも上がる。いつかその子に会えるなら、多少の犠牲は必要なんだ。
そう、多少の犠牲。
ポリアンナはそのことを僕に教える為に、あえて僕を殴って、僕の目の下にアザを記した。そんな役目を彼女に担わせるとは、なんてこの世は残酷なんだ――そう思った。


その翌週には、近くの芸大に通う女の子と一緒に灯りを消した。
「特に僕が好きなのはさぁ――」
「は……はい」
ポリアンナと違って、イングランドは僕の話をじっくりと聞いてくれた。
名前はイングランド・チェウ、だって。
その響きだけで声をかけようと思って誘った。なぜって、面白いから。
細い首に巻いてた黒いチョーカーと、ぶっとい耳たぶのアンバランスなシルエットが今でも思い出せる。
「毎日、髪の色が違って、飽きないところなんだ。インナーカラーってやつ?……を変えたり、ツートンカラーって言うの? 会うたびになんかさ、コロコロ変わるんだ。ジャンプは毎週連載して中身が変わるけど、彼女は毎日、エビデイエビタイム――」
「ゆ、夢の中のハナシ、ですよね……?」
「そうだよ。ちゃんと話聞いてた?」
「ウヒッ」
笑い声に聞こえたけど、泣き声だった。
笑うみたいに泣くからタチが悪い。
それがイングランド・チェウ。
「それ、どっち?」って聞くと、余計に泣く。
「なにが……ですかっ」って聞かれたから。
「笑ってる?」って聞いてみると。
「……そういうことにしててください」って言うから。
「ヘンなところで笑うね」って言って。
「なんで……」って子供みたいに泣きじゃくる。
多分この子は、タイタニックの序盤でもう泣いてるような涙もろい人だ。おばあちゃんがなんか思い出そうとしてるシーンで。
犬が死ぬような映画は見せちゃいけない、絶対に。
イングランドとはそれっきり。


夏休みに入ってからは三人目。
僕はいつもみたいに喋り散らかした。
「その子はどんな場所でも寝れる子なんだ」
「俺は乳首を責めるのが得意だ」
彼の名前は『ベン・ショウ』で、彼女じゃなくて彼。
「俺は乳首を責めるのが得意だ」
それしか言ってこないけど、言葉と行動は一致してない。
彼は彼の息子さんを僕の娘さんにぶちこむ。
二匹のミノタウロスが恋に落ちる動画を撮影したいなら、いま自撮りすればいい。少なくともバズりはするって思った。
「俺は乳首を責めるのが得意だ」
「ハンモックの上はもちろん。大きな栗の木の下でも、路地裏でもオーケイって感じなんだよ」
会話は成立してなかった。
でも、行為が終わった後は違った。
「ねぇキミ、デリカシーは欠けてるけど……だからこそかな、してる最中はなんだか可哀想に思えて、そのことをこっちから口に出せないの」
「どーゆーこと?」
「そう思わせるような――ううん、言いません」
「急に、なんで敬語?」
「さぁ、なんででしょう。とにかく、その夢に出て来た子、キミは実際に会ったの?」
それからは彼も僕も何も言わなかった。
ただ僕は、彼――ベン・ショウは、ポリアンナとイングランドをぶつけたような、混ぜ合わせたような性格だなぁって思って、それっきり。

でも、彼の言ったことがずっと頭から離れなかった。
『その夢に出て来た子、キミは実際に会ったの?』
眠りに落ちてる彼の横。
僕はスマホで検索する。
〈夢に出た人 会う方法〉



グーグル先生曰く、とにかく大勢の人に出会えってことらしい。
ってわけで東京に向かい、翌朝には僕は渋谷のスクランブル交差点のド真ん中に立っていた。
最初はよく鳴ってたクラクションも、一時間くらいすれば慣れてくる。
二時間たてば、行き交うみんなが察してくれるようになる。運命の人に出会うために、僕がこんなところで突っ立っているんだって。

そうやって丸一日、そこで過ごしてた。
ちょうどアプデで追加モンスターが登場するからモンハンやったり、スマホで音楽を聴いたり、ネトフリ見たり、昼寝したり。
それでもなかなか夢で見たあの子と出会えないから、しびれを切らして僕は問う。
「ヘイ、シリ」
「はい、なにかお手伝いできることはございますか?」
「グーグル先生に言われたことちゃんとやってるけど、あの完璧最強最高な女の子とまだ会えないんだ」
「13時の方向をご覧になってください」
「はぁ?」

そう言われてちらりと見やると――いた。
間違いなく彼女だった。
今日は青と紫のツートンカラーのミディアムヘア。その毛先が彼女の肩をくすぐるたび、ピンク色の火花が散ってる。
グレーのスラックスに黒いブーツ。
ブルーのパーカーはオーバーサイズ。
あえてダボダボみたいなところが気だるげで洒落てて、白いワイシャツの襟が首元からちらっと突き出てる。
セグウェイのハンドルから両手を離したまま、キャラメル味のポップコーンを、やっぱり美味しそうに食べてる。
彼女を目にした瞬間、僕のハートとラヴが視界を埋め尽くすぐらいに広がって、それはそれはもうまっピンクな渋谷。超クール。
「ねぇキミ!」
スマホもゲームも全部放り出して駆け寄って、あやうく車に轢かれかける。
信号が青になって、雑踏が僕の恋路を邪魔してくる。
「おーい! セグウェイのっ、そこの人、待って!」
肩をぶつけて、足をひっかけて、転んで、辿り着く。
彼女のそば。
間近で見ると、彼女の瞳はオーロラみたいに輝いてた。
「アナタは?」
「僕は、その……」
正直、すっごい緊張した。
「知ってる? キミは知ってるかもだけど一応言っておくねファイトクラブって映画にはホントはセックスするシーンがあったんだけど女優の意向でCG処理になっちゃったんだもったいないよねだって相手はブラピなんだよ僕だったら相手がブラピならベンショウなんか蹴っ飛ばしてラヴを払ってでもしたいのに……ところでキミはなにやってたの」
「えっと……ハートの配達」
「ハートか! それを配達してるんだ! それってめちゃくちゃいいよね! ところで、その、ハートって……なに?」
「はぁ」と彼女は深いため息をつく。
ヤバイマズイ。この流れって良くない。
「ハートはハートでしょ。甘いもの食べたいなって時に、その甘いものの代わりになるもの。落ち込んでる時に渡されたら幸せになるもの。いちいちこうやって説明しないと、アナタには伝わらない?」
「それってなんだか、僕のラヴと似てるね、ハハッ! つまり僕らも似た者同士ってことに……」
彼女がそこで僕をキッと睨むから。
「ならないよね、なるわけないじゃん何言ってんだ僕は」と訂正した。
「……で、何? ハートが欲しいならちゃんとアプリから注文して。盗むつもりならそこの交番に向かって大声で叫ぶけど」
「いやいや違うって。ただその……」
喉をゴクリと鳴らして、僕は続けた。
「僕とさ、デートしてくれないかなって」
「デート?」
「そうだよ、デーハでもハーデでもなくてデート」
「ハートが欲しいんじゃないの?」
「違うよ、キミとデートしたいんだよ。キミは特別なんだ、史上最強最高の女の子。もしデートって言葉の響きが嫌ならデートじゃなくても、気分転換の散歩とかそういうのでもいいしさ。もし出会いのシチュエーションが嫌なら僕が後で考えるよ。たとえばほら、こういうのは? 僕らは同じクリエイティブな会社で勤めてて、エレベーターでバッタリ会って二人きりになる。イヤホンつけた僕が音楽を聴いてて、キミが言うんだ。『それネクライトーキー? 私も好き』って。そしてキミは口ずさむ。からーまったー、こんがらーがったー。そのうちキミはエレベーターから出て行く。ぐっさり、ラヴを貫かれて一目惚れした僕を残して。僕は『ヤバ、運命じゃん』って呟くしかなくて……そうだ、聴いてる音楽は他のでもいい。僕はマスロックとかUKロックが好きだけど、それをキミに押し付けたくないから別のでも、もちろんクラシックだろうがK-POPだろうがテクノもアンビエントもなんでもよくて――」
そこで、彼女がクスっと笑う。
イングランドの時とは違う。
泣いてるんじゃない。笑ってるってハッキリ分かる。
それにその笑顔が、ホントにとっても似合ってた。
「アナタ、変わってるね」
「キミには負ける。誰だってお手上げ。だって、特別なんだから」
「……いいよ」
「へっ?」
「デートって響きのまま、デートね」
「えっ、それって、マジで、ホントに?」
「そ、マジでホント」
「ボクがデートとキミしてくれるってこと?」
「違う、私がアナタとデートするってこと」

 ――僕VS退屈な人生。
 ROUND1、ファイッ。
 ガッツポーズからそのまま『→↓↘Ⓟ』で昇龍ぶっ放せばほらYOU WIN.
 僕より面白い生活に会いに行く――。

「もしもーし……後ろ、どうするの?」
「……んぇ?」と僕は我に返る「あぁ、後ろもOKだよ!」
「バカ、後ろ見て」
そう言って彼女が指を差す。
振り向けば、燃え盛ってる二本の線。
スクランブル交差点の中心から、今僕がいるところまでそれは伸びてる。
バックトゥザフューチャーで見たことある場面。
デロリアンがタイムトラベルした跡みたいな火の轍。
しかも大勢の人たちが見てた。
思わず声が出た。

「やっば……」

      ―――――――――――――COMIC GIRL――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
  ♡  
    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――CHAPTER.1―――――――――――――
 
                                                                            END





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?