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会社とは社員を学習/成長させる場。嫌なら作らない・率いらない(素敵なリーダーになりたい編_v4-5)

「個人が学習することによってのみ組織は学習する。個人が学習したからといって必ずしも「学習する組織」になるとは限らない。が、個人の学習なくして組織の学習なし、である。」(「学習する組織」(ピーター・M・センゲ著、枝廣淳子他訳、英治出版)

ボクの好きな、学び多き本。1990出版、2006加筆のちょっと古い本だけど。たぶんこの本を参考に、同じことを繰り返している本が多々あるかと。素敵な気づきを与えてくれる言葉が多々あるから。

しかし、思う。本当に、社員を学習させ、成長させる必要はあるのか? 社会は、会社は、組織は、ヒトのための存在なのだから(我々は人類なんだから)、ヒトを学習させないと意味が無いのだけど、本当に必要なのか。

DX、AIがあればよいのでは。システムを導入すればよいのでは。SIer、システムコンサルに任せ、誰でもできる仕事に”落とし”込めれば、社員の成長は不要では。転職がカフェをハシゴするかのように簡単で抵抗の無い今の世の中、属人的に頼らない日々の業務を構築することが、学習・成長なんかよりも重要では。

日々のオペレーションを離れて、その上位概念の戦略立案だってこんな複雑な世の中、経営者だけではわからない。次世代を学習させ、育てる必要はあるのか? 期待薄と思われているふしあり。その当りの”プロ”(本当?)が集まる戦略コンサル会社に協力してもらい立案してもらえばいいではないか。そっちの方がより確実かな。。。

さらに上位概念の設立時の夢やビジョンも危うい。これこそがAIが”考え”られない、外部コンサルが答えを出せない、創業者や創業メンバー、経営の内なる熱意であるが、創業メンバーもこのVUCAな時代に、夢を追い続ける愚直・胆力・勇気、あるいは、ある意味、鈍感力を維持するのが至難の業で、諦めがち。

サラリーマン社長になると、熱意は急速に落ちる。社長になって一安心だから。ま、そうでなくても、ビジョンの実現よりも稼ぐに集中。左脳だけ。もはや会社のビジョンすら、「なんかキャッチーな言葉、作っておいて」みたいな。なぜ、このビジョンなのか、自分達の存在意義は何か、創業の想いは何か、を社員、次世代リーダーに学習させることはない。ビジョンがヒトを束ねる力がありえること、説得力があり、仲間を共感させ、それを諦めたくなくなり、自発的・自律的・積極的・前向きに組織が自走する、そんな力がありえること、を学習させない。そして、それにコダワリながらも新しい発想で未来を創り出すマインドを育てることも忘れ去られている。

ちょっと寄り道。
ローマ軍が反乱する奴隷軍を鎮圧し、ローマ軍の将軍は叫ぶ。

お前達は奴隷、だった。そして、また奴隷に戻れるのだ。ただ主導者のスパルタカスを引き渡せばだ。さもなくば処刑だ。スパルタカスが、顔が割れていないことを良いことに隠れるならば、皆殺しだ。
すると、ひとりが立ち上がって言う。私がスパルタカスだ。その隣も立ち上がる。私がスパルタカスだ。その隣も、その隣も。。。

「奴隷から自由になる。自由な人間になる」そんなビジョンへの忠誠が奴隷を動かしている。自発的に自律的に積極的に前向きに。リーダーであるスパルタカスへの忠誠というより、このビジョンを実現したい。このビジョンへの忠誠。だから奴隷に戻るなら、違う道=戦い=処刑?=自由な人間、を選ぶー!。

上述は同じ「学習する組織」(ピーター・M・センゲ著、枝廣淳子他訳、英治出版)で紹介されるくだり。ビジョンの重要性をうたう。

横道にそれたのだけど、今や、サラリーマン社長も次世代リーダーでも、自分達は仲間と共に何を創造して社会に価値を実現するのか、を心から燃える想いとして、思考し、仲間を自発的に自律的に積極的に前向きに自走させる、そんな言葉を選ぶ方法を学習することもないし、その真意・重要性すらを学習することもない。会社が存在する基本中の基本なのに、今や本当に重要なのか?的な扱い。ビジョンは定義したけど、一応。みんながするから、なるべく低コストで程度。で、うちのビジョン?もう忘れちゃった。そんなことより日々の稼ぎだ!的な。

ということで:
日々のオペレーション:エンジニア(DX人材)は採用困難だから外部に任せる。で、システム頼りの単純作業に落とす。社員の学習・成長は不要。
戦略:これは外部任せ。全社/事業戦略は必要だから積極的に外部に任せる。プロに任せるから社員の学習・成長は不要。
ビジョン:これも外部任せ。で、これは言葉遊びだから消極的。ま、みんながやっているからしょうがないからやるか。低コストで外部に任せよ。こんな言葉遊びについては当然、社員の学習・成長なんて不要。

だから、会社で、組織で、社員の学習・成長なんて不要が、本心なような。ちょっと極端かな。ま、余裕がある大企業は、人事部があるから、その仕事として学習・成長の場(研修制度)をつくる。また、一定数の採用が必要だからそのアピールとして「研修」をうたう。けど、知識・スキル、その会社での制度・ルール・システムを教える。転職したら役立つか不明。

思うのです、会社ってものは、上述とは真逆であるべき、と。

会社とは、社員を、経営者も含めて、学習する/させる場で無いとダメだと。知識とかスキルとか、課長研修とか、何がパワハラかを知る、とか、そういうことではなくて、人間力というのか、人格的、知性的な成長を実現する場、だと。小学校で算数を勉強するのと同じ。会社とは、それを作るならば、自分だけの会社から正社員を採用したなら、そのひとの年齢など関係無く、人格的・知性的成長を実現する場、という覚悟が必要だと思うのです。先生と生徒がいるという知識ギャップを偉そうに一方通行で伝える場、ではなくて、相互に学べば良いのです。相互に成長する場、なのです。

例えば:
・過去の経験から、どうも怖がりだから、理由付けて逃げているのだけど、もっと挑戦心を、実行力を高める、とか
・イライラしがち・怒鳴りがちだが、自分や他者の失敗を許容でき、解決にフォーカスできるチカラを高める、とか
・どうも自分を大きく見せたがり、謙虚さが無い。すごいひとと思われないと誰も付いて来てくれないと思っているが、もっと素直に正直に飾らなくても自信ある自分になりたい、とか
・どうしてこの自分が作ったビジョンでは、仲間は心躍らないのだろうか。みなの意見は?強く熱いビジョンをつくりだせる、言葉で皆を導く人間になりたいんだ、とか
・自分の意見が常に正しいと思い、違う判断でやる気が起きないけど、答えがひとつじゃないことや自分が間違うこともあったり、他人だって天才なわけがないから、曖昧な世の中でも、一生懸命行動して、改善していけばいいと思える柔軟性を持つ、とか

こういう学習・成長。人格的、知性的成長。経理知識とか、営業スキルとか、マーケ知識とか、プレゼンスキルとか、ではなくて(あ、これらももちろん大切だけど)、業界やその会社独自や組織特有ではなくて、ひととしての学習・成長。

リーダーは、素敵なリーダーは、こういう場に会社を、組織を構築できるのかな、って思います。みなが何が悩みなのか、何を伸ばしたいのか、どういうひとでありたいのか、メンタル的なボトルネックは何か、それを正直に吐露できる。受入れてくれるリーダーがいる。そして、共に日々の業務を通じて改善、学習・成長ができるか、どうあれば成長できるかを対話して、仲間と共有して、目標にする。で、これが、数値に繋がるのだと思うのです。だって、ヒトの行動って心の問題が大きいから。

「素敵なリーダー」: 会社とは人間的に学習・成長する/させる場だと認識している。人格的・知性的な学習・成長。小学校で算数を教えるのと同じ。それぐらいな当たり前に。でも、先生から生徒への一方通行はありえない。だって、リーダーも未熟なんだから。だから相互に学習していく。相互に指摘され、気づきあい、対話して。笑顔と愛嬌も忘れずに。

こんな素敵なリーダーになりたいですね。

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