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ドラゴン・サーカス(後編)

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■以下(後編)本編です

 エドゥアルトの申し出に、テッテは首を振った。
「家名を勝手に名乗ることは重罪だよ。それにおいらに家名なんかあったって、宝の持ち腐れさ」
「なら、ドラゴンの前でだけ名乗るといい。私の名はドラゴン相手には随分と役に立つはずだ」
 テッテは苦笑して、「まるで今後ドラゴンと関り合いになるとでも言いたそうだね」と肩を竦めた。
「まさしくその通りなんだが……。待て、誰か来る。テッテ、私の体の下へ」
 テッテは剣を抱えて伏したエドゥアルトの翼の下に隠れると、息を殺し、隙間から誰が来るのか覗き見た。
「ああ、リオ。またあなたですか。勝手に檻を開けないよう何度も言ったはずですが」
 入ってきたのは燕尾服のすらりとした長身の男だった。手には朱塗りのステッキを携え、よく手入れされた口ひげはぴんと針のように伸び、こけた頬には影が落ちて、目は狐のように細く吊り上がっていて油断なく、一匹の獣を思わせた。
 リオが「団長」と口惜しそうに漏らすのを聞いて、テッテはあの男がこのサーカスの団長か、と改めて眺めた。
 柔和な笑顔を浮かべているようで、それはべったりと貼り付けられた仮面だ。目には煮えるような猜疑心が見える。足取りも無造作であるように見せながら、その実油断なくリオと距離を詰めている。確かに、手練れだな、とテッテは納得する。
「別にいいじゃない。鎖があれば逃げられないんだし。あたし興味があるの、ドラゴンに」
 リオは檻から出ると格子戸を閉め、意識をドラゴンから逸らすために檻とは反対方向に歩いていく。
「その興味がよろしくないんですがね。商売道具に同情するようじゃ、ピクシーは務まりません」
 団長は目でリオを追いながらも、意識はエドゥアルトの方に向いていた。
「大きなお世話よ。それより、ドラゴンの出番はまだ先でしょ。団長がこんなところで油を売っていていいの」
「お言葉、そっくりそのままお返ししますよ。なに、観客が待ちきれないというんでね、仕方なく繰り上げ当選というわけです」
 やれやれです、と団長は肩を竦め、「さあ、お目見えですよ!」と叫ぶと屈強な男たちがぞろぞろと部屋の中に入ってきて、エドゥアルトの入った檻の載った台車から伸びる綱を掴んで、力いっぱいに引っ張り始める。
「ちょ、ちょっと、そんなの聞いてないわよ。まだ待ってよ。いくらでもやる演目があるでしょう」
 男たちに掴みかかる素振りを見せたリオを、団長は風のように走って近づき、平手打ちを喰らわせた。
 リオは短い悲鳴を上げると尻もちをつき、叩かれて赤くなった頬を押さえながら、憎悪に満ちた目で団長を見上げた。
「言ったでしょう。商売道具に同情するようじゃ、ピクシー失格だと。あなたはもういりません。どこへでも行って野垂れ死ぬといいでしょう」
 団長は冷徹な刃のような目で見下ろすと、それっきりリオには興味を失って、綱を引く男たちに発破をかけ始めた。男たちもそれに応えておう、と叫ぶ。汗の臭いと密度が濃くなったようにテッテには感じられた。
 リオも心配だが、それ以上に問題なのは自分とエドゥアルトだ。鋼の鎖は太く強靭だ。こっそり斬るということはできない。このまま隠れてステージまで連れていかれて、突然テッテが飛び出せば虚を突けるだろう。一本目は斬れる。だが、そこで存在を察知され、魔法の剣を持っていることがバレたら、サーカス団は敵意をもってテッテを排除しようとするに違いない。団長だけでもリオより手練れときていれば、テッテ一人で相手にできるとは思えなかった。
 だが、手はそれしかない。できるかできないかじゃなく、やるかやらないかだ。
 テッテは心を決め、剣の柄を固く握りしめた。
「テッテ、君は一人じゃない。私もいる。できる限りのことはしよう」
 エドゥアルトの囁き声にテッテは頷く。綱を引く男たちの一人が振り返って首を傾げたが、釈然としない様子で再び綱を引く作業に全力を込めだした。
 大きな鉄格子の門が開き、そこを潜って行くと、世界は光に包まれ、興奮と恐怖に包まれた歓声がテッテに押し寄せ、声の奔流に押し流されるかと思うほどだった。
 舞台は目も眩むほどのスポットライトを浴びて、ライトの熱は体を焼くほどの、サーカスの中の太陽だった。
 テッテは男たちが綱を引き終えると台車の後ろ側に回り込んで腕組みして立つのを見届けて、舌打ちした。
(これじゃ一本目を斬る前に見つかる)
 どうしようか思案しあぐねていると、再び歓声が上がった。一方後ろの男たちが困惑の声を上げ、団長が「早く取り押さえなさい」と苛立たしそうに命じるのをテッテは聞いた。見ると、リオが細い曲剣を振り、エドゥアルトの前で剣舞を踊っているのだった。光と熱と喝采を浴びて、汗を光の雫に変えて舞うリオは美しかったが、見とれている場合じゃないぞとテッテは頬を叩いて立ち上がり、エドゥアルトの翼を叩いて合図をする。
「ドラゴンが動いたぞ!」
 エドゥアルトが翼でテッテを隠しながら腕を上げると、鎖がじゃらんと鳴って伸び、観客から悲鳴のような歓声が上がった。
 テッテは深呼吸して、エドゥアルトの肘の辺りに垂れた鎖目掛けて魔法の剣を斬り上げた。すると鎖はバターのようにするすると斬れ、そのあまりの切れ味にテッテは恐ろしさすら覚えたが、その興奮は後に取っておくとして、二本目を斬ろうとエドゥアルトの尻尾を飛び越えて反対側に回る。
「なんか変な音がしなかったか」
「ああ、聞こえたな。金属が割れるような……」
 観客の中に動揺が走ったが、テッテの存在を知らない団長はドラゴンの前で心配いらないとにこにこしながら繰り返した。
「特注品の鎖でつないでおりますので、暴れる心配はございませんよ」と舞台の最前列をなめる様に回りながら説明する。
 エドゥアルトは再び腕を上げ、テッテが鎖を斬る。二本目までは難なく斬れた。問題は最後の一本だ。首に括りつけられた首輪を繋いだ鎖。今まで斬った鎖の倍ほどの太さがあったが、この魔法の剣なら斬れる、とテッテは確信していた。ただ、エドゥアルトの正面に回るため、テッテの存在は今度こそ発覚する。それゆえに失敗は許されない。チャンスは一度。それを逃せば、自分は捕まって、恐らく衛士に引き渡され、また裏通りの生活に逆戻りだ。モルガン爺さんにも迷惑がかかる。
 それでもやらなきゃならない。いや、やりたかった。子どもを殺され、自分も囚われ見世物にされている。そのエドゥアルトの姿に、屈辱に、テッテは自分自身を見た気がした。
 苛烈な男だったとは言え、ガルアンは育ての親だった。その親を殺され、突然違う世界に放り込まれて、好奇の目に晒され、時に侮辱され、見世物にされていた自分。エドゥアルトを解き放つことは、自分自身を開放することと同じだと、テッテは思っていた。
「ん? 鎖が……」
 団長が気取ったのか、檻に近付いてくる。
 テッテは意を決してエドゥアルトの前に走り出た。一瞬舞台の眩さに目が眩み、立ち止まった。光の波の中で鎖がどこか見当たらない。剣を構えたまま目が慣れるのを焦りつつも待った。だが、その間が致命的だった。
 テッテの姿を視認した団長は檻の鍵を外して、檻の格子を引っ張り倒してばらばらにしてしまった。エドゥアルトとテッテの姿がはっきりと衆目に晒されるようになって、それがテッテだと悟ると何人かの観客が立ち上がった。ある者は走り出し、ある者は指さして「テッテだ!」と叫んだ。
 団長はステッキから仕込み刀を抜くと、鎖の前に立った。「やってくれたな、小僧」
 丁重な喋り方をしていない。リオは団長の言葉を聞いて血の気が引いた。あれは、本気で相手を殺すときの団長。「テッテ、だめ、逃げて。あなたじゃ敵わない」
 テッテも相手から発せられる木枯らしのような殺気を身に浴びて、ひしひしとその実力差を味わっていた。多分、本気のガルアン以上だ、この人は。とほとんど絶望したい気持ちだったが、勝手に絶望して終わるわけにはいかなかった。やると決めた以上、退却の二文字はない。
 テッテは剣を構え直し、瞬きをした、その一瞬で団長の姿は消えた。「逃がしゃしねえよ。てめえはあの世以外には行けねえ」
 団長の剣がもうテッテの喉元にあった。だめだ、と観念した瞬間、観客席から飛び出した影が一つ。まっしぐらに団長に向かうと、団長も攻撃を止めて慌てて飛びずさった。団長がいたところには巨大な銀の槌が振り下ろされ、檻の床に大穴を空けた。
「モルガン!」
 テッテが叫ぶとモルガンは髭を擦りながらほっほと笑った。「冥途の土産にと思うて来てみれば。またとんだことになっておるのう、テッテよ」
「銀の騎士が邪魔をして……。許されるとお思いですか。我らの興行は王からの」
 モルガンは団長を追って走り、再び槌を、今度は横薙ぎに振り回した。団長も辛うじて躱すものの、テッテとは距離を空けられてしまい、舌打ちする。
「儂はもう引退する身じゃ。このおいぼれの命を使うなら、国のためではなく、孫のように思っておる子に使うわい」
 モルガンはテッテに向かってしわだらけの顔をしわくちゃにしながら笑って、親指を立てる。
「国の象徴たる銀の騎士が、愚かなことを」
「愚かかどうかは、この先の歴史が決めることじゃ。テッテは未来を生きる子。儂やお主のように古い因習や過去に囚われた亡霊とは違う」
「それをあなたがおっしゃいますか。古いものは残ってきたからこそ価値あるもので、守られるべきもの。そしてあなたはその守り人でしょうに」
 団長とモルガンの獲物が激突する。両者一歩も引く様子を見せない。
「テッテ、やれい。お前が人間の新しい夜明けを切り開いて行け!」
「お願いテッテ、エドゥアルトを、彼を助けて!」
 モルガンとリオの叫びを背に浴びながら、テッテは魔法の剣を振りかぶって飛び上がり、鎖に向かって一閃。振り下ろした。
 甲高い音が鳴って、鎖の半ばまで剣がめり込んだところでそれは折れ、テッテははじき飛ばされてしまった。
 テッテは着地して、呆然と首に残ってしまった刃と手の中の折れた剣を見比べる。剣は最早青白い輝きを失って、ただの美しい銀の剣だった。
「どうやら三本目までは魔法がもたなかったようですね」
 団長がモルガンの心臓目掛けて放った鋭い刺突を、モルガンは辛うじて槌の柄で弾いていなすが、銀の鎧の脇に僅かな傷がついた。
「おう、陛下から賜った鎧に傷をつけてしまうとはの」
「鎧の傷より、地に落ちた自分の名前の方に気を配ったらどうですかな、モルガン殿」
モルガンも年のせいか息が切れ始め、次々と疾風のように繰り出される団長の猛攻を前に防戦一方となっていた。
 これで終わりなのか。こんな幕切れで、本当にいいのか。モルガンもリオも恐らくテッテほどではないとはいえ、何らかの処分を受ける。エドゥアルトは散々見世物にされた後は殺され、武具や装飾品の材料にされる。そんな終わり方を許すのか。いや、許してたまるか。
 テッテは折れた剣を投げ捨て、エドゥアルトの首を、鱗を足掛かりにしてよじ登り、鎖に食い込んだ折れた刃先を握った。鋭い痛みが走って、テッテは顔を顰める。
「テッテ、何を……」
 エドゥアルトも困惑気に首にとりついたテッテを見下ろす。そんなエドゥアルトに、テッテは腹立たし気に見上げて叫ぶ。
「お前はただ助けを待ってるだけなのか。それでいいのか、エドゥアルト! 自由なんてものは、自分の手で掴み取るものじゃないのか。お前の翼は、こんな地面で朽ち果てるのを許すのか」
 エドゥアルトは目を見開いた。テッテの血が、エドゥアルトの首を伝い流れ落ちる。だが、どれほどテッテが力を込めようと魔法の切れた剣では鋼鉄の鎖を斬ることはできなかった。
 テッテは掌に刃を食い込ませながら叫んだ。
 するとエドゥアルトもまた咆哮を上げ、首の鎖を引きちぎろうと翼を羽ばたかせる。だが鎖は軋んだ音をたててもちぎれる様子は見せなかった。
「おいらはクソみたいなところで生まれたから。そしてあんたはドラゴンとして生まれたから。こんなくだらない寄り道をさせられてる。でもな、エドゥアルト。おいらは思うんだ。できることの線引きってやつは偉いつもりの人間が決めたもんだ。それなら同じ人間のおいらがその限界を超えられないって根拠にはならないよ。所詮人間の頭で考えたもんだもんな。ましてやドラゴンであるあんたならなおさらだ」
 テッテの手がぼんやりと光を放ち始める。金色の麦穂のようなその暖かな光は、徐々に大きくなっていき、やがてテッテの体とエドゥアルトの体まで覆うような巨大なものとなった。
「テッテ、やはり君は」
 エドゥアルトが納得している反面、テッテは困惑して、「どうなってんだ、エドゥアルト」と顔を見上げた。
 リオが男たちをいなして離れ、ステージの上に上がって朗々と歌い始める。
「白き竜 天より落ちしとき みなしご一人ありて 時を告げる塔にて眠る
 空駆ける竜の年 金色を纏いしみなしご 白き竜の前に立ちて 彼の者らの王とならん
 白き竜と王 古き契約によりて 人の造りし欺瞞を打ち払いたもう よって楽土の礎となさん」
 歌い終えるとリオはにっこりと笑って、「あなたたちが出会うため。あたしは生きていたんだわ」と満足そうに言った。そのリオの腹を、団長の刃が刺し貫いた。
「そんな手垢のついたおとぎ話のようなこと。我らがさせるとでも」
 テッテはリオの名を叫ぶ。膝を突き、倒れ伏したリオの腹部の辺りから夥しい血だまりが広がった。モルガンは、と見ると、槌を支えにしながら膝をつき、肩で息をしていた。
 テッテの叫びに呼応するように、エドゥアルトは吠えながら首輪に爪をかけると、渾身の力で引っ張った。するとドラゴンでさえ歪めることのできないはずの鋼鉄の首輪はぐにゃりと引き延ばされて、やがて延伸性の限界に達し、引きちぎれた。
「エドゥアルト、リオが」と狼狽するテッテに、エドゥアルトは穏やかに諭すように言う。
「大丈夫だ、テッテ。ドラゴンの血は命の源となる」
「させませんよ、そんなことは」
 立ちはだかった団長を目にして、テッテの心は不思議と冷えていった。憎しみでも、怒りでもなく、ただ純粋に目の前の存在を破壊する。その冷徹な意志だけが研ぎ澄まされ、刃となったようだった。
「伝承の通りに未来をなぞるなら、人間は滅ぶしかありません。そんな未来を良しとするのですか、君は」
「おいらが滅ぼすとしたら、それは未来じゃない。この世の中に蔓延る病原菌みたいな不平等だ!」
 団長は高らかに笑う。それにつられて団員たちも一斉に哄笑する。
「子どもの理屈ですね。生物の世界に平等なんてありえないんです。食うか食われるか。弱者に甘んじるか強者に昇り詰めるか。その二種類の生き方しかないんですよ」
「それは勝手に世界を、人間の可能性を諦めた大人の理屈だ。おいらは諦めて切り捨てたりしないぞ。エドゥアルトと一緒に、世界の可能性を信じてどこまでも突き進んでやる」
 テッテは無手でエドゥアルトの首から団長に向かって飛び降りる。「飛んで火にいる、というやつですね! あなたなど、私にとっては虫です」と団長はテッテの浅慮を嘲笑う。
 テッテが右手を掲げると、体を包んでいた光が右手に凝縮し、細長い形状を形成し、眩い光を閃光のように放つと、彼の手には黄金に輝く長剣が握られていた。
 団長がテッテに向かって剣を払うと同時に、テッテは金色の剣を両手で持ち、団長に向けて振り下ろした。
 テッテの剣は団長の剣と衝突し、団長の剣は紙でも切るように斬り飛ばされた。そのままテッテの剣は振り下ろされて、団長の体を袈裟斬りに斬って落とす。
「ば、かな。こんな小僧に」
 団長は血の塊を吐きだすと、その場にうつぶせに倒れた。
 エドゥアルト、とテッテが叫ぶと、エドゥアルトも「分かっている」と答えて頷き、リオの傍へと寄って行く。
「リオ。君のおかげだ。君の私への優しさが、テッテと出会わせてくれた」
 エドゥアルトは指先に牙をたてると、滲んで溢れた血をリオの体に垂らした。すると見る間に腹部の穴は塞がり、蒼白だったリオの顔に赤みが差し、ゆっくりと起き上がる。
「どういうこと? あたしは団長に刺されて、それで」
「エドゥアルトが助けてくれたのさ」
 テッテはリオを助け起こして立ち上がらせてやると、エドゥアルトを見上げて自分の手柄のように自慢げに言った。
「そう……。ありがとう、エドゥアルト。でも、これでお別れなのね」
 エドゥアルトは翼まで枯れた樹のようにしおらせながら、「そうなるな」と心底寂しそうに言った。
 エドゥアルトはテッテを摘まみ上げると自分の背に乗せる。
「テッテ、君は我らの王となるべく生まれてきた。そして私はその王の隣に立つべく生まれてきた」
 テッテは憑き物が落ちたような晴れやかな顔でエドゥアルトを見上げると、うっすらと笑み、首を振った。
「いいや。おいらが生まれてきたことに意味なんかない。大事なのは、おいらが今ここに、あんたといる。その事実さ、エドゥアルト。あんたにとってもな」
 そうだな、とエドゥアルトは頷くと、天井に向かって咆哮し、空気の塊を吐きだした。それは天井を吹き飛ばし、粉々に砕いた。破片は風に乗って遠く運ばれ、落ちてきたのは粉のような木くずばかりだった。
「では行くとしようか。この檻の中は、私たちには狭すぎる」
 ああ、と朗らかに応えて、テッテはモルガンやリオに向かって手を振る。「悪いな、モルガン、リオ。おいら行くよ」
「行ってこい。お主は儂らの誇りだ」「また会えるよね、エドゥアルト、テッテ!」
「ああ。いつか必ず。またここに帰って来る。行こう、エドゥアルト」
 エドゥアルトは飛び上がる。その場にいた全員が厳かな儀式を前にしているかのように、ただ物音を立てないようにじっとしていた。翼の起こす風だけがそこに響き、それもやがて遠ざかっていった。
 ――なあ、ガルアン。おいらドラゴンの背にいるんだぜ。
 嘘つけ、という皮肉な笑みが目の前に浮かぶようだった。
 少年が天井の染みに見つけた空駆けるドラゴンの背に、少年はいる。今は唯その自由と喜びを噛みしめる、それでいいのかもしれない。少年の物語はまだ続くが、それはまた別のお話。

〈了〉

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