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ケイデンス上げて行こうぜ!(読書記録12)


■前置き

怒涛のように短編小説をアップしていたので、読書の時間があまりとれませんでした。
なのでこちらの「ブラックボックス」(砂川文次著)が2月締めくくりの一冊となります。

芥川賞受賞者の作品を読むと、みな独自の武器をもって勝負しているな、ということが伝わってきて、羨ましく思います。たとえば今回読んだ砂川さんで言えば、緻密な文章力でしょうか。比喩表現のようなふわふわしたものを極力排した、事実をきめ細かく書き込んでいく能力。一歩間違えると事務的な文章? ノンフィクション? と首を傾げられてしまいますが、それを小説の形に持ち上げているところが、芥川賞受賞者たるゆえんなのでしょう。

前置きはこの辺にして、中身を見ていきましょうか。

■ストーリー・登場人物

〇サクマ 主人公。暴力的な衝動性を秘め、一定を超えると抑えられなくなる。その衝動性のために職を転々とし、現在はメッセンジャー(書類の配達)の仕事に就いている。三鷹の安賃貸に住み、円佳という同居人の女性がいる。ちゃんとしなければ、という思いがあるが、ちゃんとするとはどういうことか、と分からないでいて、その場その場をしのいで暮らしている。

〇近藤 メッセンジャーの先輩。中堅のサクマをして、鍛え方がそもそも違うと思わせるほどのベテラン。物語序盤でクラッシュしたサクマのリカバリーに入る。物語中盤で自身のショップを立ち上げるため、メッセンジャーを辞める。

〇横田 人懐っこい後輩メッセンジャー。憎めない。サクマが事務所の正社員の仕事を受けようと考えたときに、結果的に横田が横取りする形になってしまう。

〇円佳 サクマの同居人。コンビニでバイトをしているときにサクマと知り合い、関係をもつ。子どもができたかもしれない、とサクマに告げる。

〇伊地知 刑務所でのサクマの同房者。粗暴な男で、誰彼構わず喧嘩を売り、陰湿な嫌がらせをする。過去に所属していた房でも問題を起こし、流れ流れてきてサクマの同房になった。

〇向井 刑務所でのサクマの同房者。大人しい気質で、強盗しようとしたところ店に警察がいたためあえなく捕まった経緯をもつ。サクマは向井のようなタイプは爆発すると何を仕出かすか分からないと思っている。伊地知の嫌がらせのターゲットとして執拗ないじめを受ける。

〇ストーリー
メッセンジャーとして働いていたサクマは、体力が資本のこの仕事が、いつまでも続けられるものではないと分かっていながら、それでも仕事を変えるなどのアクションをとらず、ずるずると惰性で生きている。
ある日納税の義務を怠っていると指摘しに来た税務署の職員や駆け付けた警察官に重傷を負わせたことで、サクマは刑務所送りとなる。
最初の1,2か月ほどは辟易していたものの、目の前に与えられた指示をこなす日常をおくる刑務所の生活に順応していく。
そんな中同房者の伊地知による向井への嫌がらせが始まり、サクマは向井を庇うつもりもなかったが、伊地知のやり方が気に食わず、抑えていた暴力的な衝動性が呼び覚まされてしまう。

■印象的だった文章

  • そこを含めての自戒であっても、明日の朝までこの決意を抱えている自信はない。これも感情の決壊と同じで、自分との約束を反故にすればするほど、その行為自体に慣れてしまうのだ。

  • 味は味で、ただの事実でしかなかった。食わないとどうなるか、身を以てよく知っているだけだ。

  • そしてこの分からなさは、なんとなく帰路についているなかでどこからともなく漂ってくるカレーとか煮物のにおいと似てると思う。

  • ブラックボックスだ。昼間走る街並みやそこかしこにあるであろうオフィスや倉庫、夜の生活の営み、どれもこれもが明け透けに見えているようでいて見えない。

  • 殴ったり殴られたりする回数分、自分のネジがゆるんでどこかに飛んでいく。次にそれをやるとき、最初の緊張はもうない。

  • 「ちゃんとする」も「物になる」も全く抽象的で、ただ二十四と三十という具体的な数字だけが重しになっている。

  • 両親も弟も繰り返しを繰り返していた。おれは多分それが嫌だった。遠くに行きたいというのは、要するに繰り返しから逃れることだった。

~上記は砂川文次著「ブラックボックス」より抜粋~

■感想

この作品で一番印象的だったのは、やはり冒頭の疾走感でしょうか。
メッセンジャーの仕事を描く中での、自転車で都内を巡る、その描写に漂う不穏な緊張感とスピード感。眩暈がするようでした。

地の文が中心なので、作中の時間の経過としては、本来緩やかな書かれ方なのです。でも、自転車の細かな制動挙動を書き込むことによって、読者を作品の中に引き込むと同時に、自転車が走る、そのスピードに満ちた映像を頭の中に思い浮かばせるのです。

この細かい描写。特に専門用語を用いてスタイリッシュに描く書き方が「市街戦」を読んだときにも感じましたが、砂川氏の持ち味なのだと思います。

あとはこの小説を読む上で、サクマという主人公は、共感を呼ぶタイプの主人公ではないと思います。
暴力や暴言によって仕事を不意にして、挙句の果てには刑務所に入ってしまう。
人生について深く考えることはなく、とりあえず自転車で走っている間は何も考えなくていいから、とメッセンジャーにしがみつく。
恋人の円佳への対応も曖昧で誠意がない。

主人公に共感して、うんうん、と成長を噛みしめながら読書をしたい人には向かない作品かなと。
一歩引いて客観的に読む読み方ができる人で、サクマの微妙な、本当に微妙な心境の変化をとらえられる、という人にはいいかもしれません。

サクマとて、刑務所に入り、厭ってもついて回る人間関係の中で揉まれて、成長もしようというもの。本当に少しですけど。

純文学ゆえ、「何かが解決した!」「主人公が何かを達成した!」というカタルシスを得られるものではありませんが、冒頭の自転車のシーンだったり、見所は多い作品ですので、ご興味があればぜひ。

ちなみに、私は車を運転するので、車道をロードレーサーが走っていたりすると嫌な顔になります(自転車乗りの皆さん、ごめんなさい)。追い抜くのにも対向車のタイミングとか気を使うのに、信号で引っかかっちゃうとまた自転車に追い抜かれて追い越しをしないといけないじゃないですか。
あと時々並走している自転車を見たりするとうんざりしちゃいます。急に曲がったり進路を変えてくるのも勘弁ですね。

という私でさえ、冒頭のシーンは自転車側の気持ちに寄って読んでしまったほどなので、やはり書き方、引き込み方がうまいんだなあ、と感心しました。

余談ですが、タイトルの「ケイデンス」とは、自転車のペダルの回転数のことで、ケイデンスが高いほどペダルが多く回っていることになります。
サクマは自転車に乗っているときもこの「ケイデンス」という言葉を使いますし、自転車以外のことであっても「ケイデンス」という言葉を用いて自分の心情を表現していることがあります。

なので、作品を通じて特徴的な言葉だったので、タイトルに使わせていただきました。

私は普段自転車に乗りませんが、私の運動のため、自転車型の健康器具が家に置いてあります。基本毎日乗るようにしているのですが、体力がないので、ギアは下から二番目です。ケイデンス上げられていないです……。

なので、ケイデンス上げていきたいと思います!
それでは、次回の読書記録でお会いしましょう。

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