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世界とは城であり、城とは世界である(読書記録2)


■はじめに

タイトルは私が勝手にそれっぽく書いたので、本文中に似た表現があるわけではありませんので、あしからず。

実は新年二作目に読むのは小林泰三さんではなく、寺地はるなさんの作品を読もうと思っていたのですが、今の自分の心理状態だと、寺地さんのような穏やかで優しい物語は心が受け付けないようで、50ページくらい読んで断念してしまいました。

今はザ・冒険活劇、といった作風か、頭の中をぐちゃぐちゃにかき回してくれるような混沌さに満ちた作品が読みたい気分です。なのでミステリーにも食指が動かず……。積読はたくさんあるのですが。

小林泰三さんは玩具修理者でデビューしたように、ホラーやSF要素が強い作風です。「世界城」のようなファンタジーはほとんどなく、ファンタジー要素を含んだものだと「人造救世主」とかもそうなのかもしれませんが……。

「人造救世主」はこれ本当に小林泰三さんが書いたの? と思えるような出来だったので、「世界城」にも一抹の不安がよぎらないわけではなかったのです。

とにかく、前置きはこの辺にして、中身に触れていくことにしましょう。

■あらすじ

人々は城が世界のすべてで、その「外」など考えることもありませんでした。「国」という概念すら忘れかけられた村から物語は始まります。
突然謎の少女が現れ、自分は王国の王女であり、城の「外」に行かなければならないと言います。しかし少女は妊娠しており、臨月でした。

生まれた子ども、主人公はジュチと名付けられますが、ジュチを生んで母親は姿を消し、ジュチは村の掟で村人の家を転々とする生活を送ります。

そんな中、交流が途絶えて久しい隣村に不穏な動きがあるため、その偵察にジュチと、村長の息子であるダグが選ばれてしまいます。

ジュチとダグはヘカテと名乗る老人から地図を借り受け、村の外へと冒険に出ます。そして隣村に辿り着いたジュチとダグは復権した帝国を名乗る勢力に捕らえられてしまうのですが……。

この先の展開は実際に読んで確かめていただければと思います。

■物語として

起承転結がはっきりとした、オーソドックスな物語形式をとっています。そのため先の展開が読みやすいというデメリットはあるものの、読んでいて安心できると言い換えることもできるのではないかなと思います。

小林泰三さんの特徴として、SFのような難解な説明が多いものは別として、セリフの力で物語を先に進めていくので、地の文自体は平易なもので読みやすいです。なので、私が一読して印象に残った文章はすべて会話文で、地の文でいいな、とか、この表現は、と目を見張るような文章はなかったと思います。

設定が秀逸なのはさすがというべきでしょうか。城という箱庭に囚われた人類、というと「進撃の巨人」をどうしても思い浮かべてしまいますが、この物語には巨人は出てきません(笑)

城の中に「帝国」があり、その中に「王国」があって、「村」があった。その秩序の崩壊の過程や、新たな秩序をもたらそうとしている商人の集団「商会」の存在など、よく練られていて、きらりと光る設定が散りばめられています。

■キャラクター

まず、主人公のジュチは素直でいい子ですし、地図についても理解が早いなど、聡明な人物として描かれています。前述の経緯で村人の家を転々としているため、村人へ感謝の念と恩返しがしたいと願う、それはいい子です。境遇的にもっとひねくれてもいい気がしますが、村人も一部を除いてジュチには優しく接するので、そのように成長したのかもしれません。

次にもう一人の主人公のダグですが、こちらもいい子です。村長の息子という思いあがっても仕方がない立場であるにも関わらず、ジュチとは対等に接します。それどころか、ジュチの頭の良さを認めているので、指示はジュチに任せている部分もあります。
頭が悪いと自認しているとおり、物事の把握が短絡的で楽観的だったりしますが、読者を苛立たせることはありません。
臆病なところも見せていますが、男気もあって、後半のダグの振る舞いとセリフはカッコイイですよ。

そして悪役として登場するのが帝国のナンバーツー。実質的には皇帝を傀儡にしているので、悪の首魁ですね。ドグラ大公と名乗る人物です。
ドグラ大公は己の保身と権勢のためならば、どんな卑劣な手でも使う典型的な悪党です。作中で何人が彼の策のために犠牲になったか。その中には従順で人の好い兵士もいました。部下の腕を誤って斬り落としても悪びれない、冷血漢です。
ジュチとダグを追い立て、二人の村を攻め落とそうと軍を動かす冷酷非道なドグラ大公率いる帝国軍相手に、ジュチたちがどのように対抗し、勝利を収めるのかは、作品を読んでみてほしいと思います。

■問題点

最大の問題点、それは提示した伏線がこの作品ではまったく回収されていないことです。
伏線を張っただけで終わっていたり、ちらっと言及してさらなる展開を予期させておきながらそれっきりとか。そういうのが多すぎます。
ぱっと例示してみても、

  • 城の「外」の世界とは?

  • ジュチの出自(本当に王族なのか)

  • 消えたジュチの母親の行方

  • 「商会」と第二の「商会」の存在(第二の商会が帝国の背後にいることは、ドグラ大公が言っています)

  • アンペール帝国(ドグラ大公らの勢力)は元々「村」であり、元々の帝国や数多く存在した王国は今現在どうなっているのか

などなど、枚挙に暇がありません。
多分続編を想定して書かれた作品だったのではないかなと思いますが、小林泰三さん亡き今、確かめることは叶わないわけです。

もし続編を想定せず書かれたものだったとしたら、ここまで壮大な設定にしない方がよかったのではないかなと思ってしまいます。設定が壮大なだけに、相対的に物語の展開が矮小化して見えてしまいますので。

■印象的だった文章

  • 僕を守るために、君や村が危険に晒されるなら、本末転倒だ」「どれが本で、どれが末かは俺が決める」

  • 「理由なんかない。信じたいから信じるんだ」

  • 「俺は誓ったんだ。ジュチの命が危ないときは、俺の命を投げ出しても守ってやるってな。俺はただ誓いを守っただけだ。決断なんかしてないよ」

  • 「僕は何も凄くない。偉大な人物なら、誰も傷つかない方法を考えついたはずだ」

~小林泰三著「世界城」より抜粋~

■結びに

ファンタジーとして楽しめないかというと、そんなことはないです。小林泰三さんの特徴的なグロテスクな描写も鳴りを潜めていて、まったくありませんし、何より主人公たちがいい子なので、読んでいて不快感がありません。
ただ、ハラハラドキドキといったドラマチックさは薄めです。これは文章によるのかもしれませんが、荒波がきても淡々といなしていく印象を受けます。

タイトルの壮大さと裏表紙の宣伝文句に期待させられていた分、肩透かしを食らってしまった感じでしょうか。

「城」の外には「世界」があるのか。そしてそこには何があるのか。作者が黙した以上、後は読者の想像力がその空白を埋めるしかありません。

あなたの「城」の外には「世界」がありますか? それとも、「城」があなたの「世界」のすべてですか?


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