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治療のパラメータ

患者さんの治療のための薬を、始める、増やす、減らす、やめる。
こういうときは、なるべく一種類に留めるべきと考えている。複数の薬を同時に変動させると、効果にしろ副作用にしろ、得られた結果がどの薬によるもか分からなくなるからだ。

これを「動かすパラメータは、なるべく少なくする」と言い換えてみる。そして、薬だけでなく、治療全体にあてはめて考えてみよう。

入院患者さんを例にする。

患者さんは一人で入院しているわけではない。集団で療養生活を送っており、医療者も知らないような人間関係がある。この個々人もパラメータと考える。複数の患者さんで同時に治療方針を大きく変更した場合、それぞれの症状の変化が互いに影響しあう。最終的には病棟全体の雰囲気にも影響を与えるだろうが、ふり返ってみても、誰のどの変化が原因なのか分かりにくい。

さらに拡げて考える。

スタッフや医師も治療のパラメータだ。そして、異動や定年退職は、パラメータの大きな変化である。異動時期に治療方針の大きな変更をかぶせると、患者さんの変化が「主治医の変更によるもの」なのか「薬の変更によるもの」なのか、そういう結果のフィードバックが難しくなる。

だから、異動の前は治療の大きな変更をしにくい。また、新しい赴任先で患者さんを引き継ぐときは、まず治療関係を築くのに数ヶ月を要し、薬の変更を考えるとしたらそのあとになる。
となると、医師が1、2年で異動してしまうような病院では、治療の変更に手を出しにくい状況が続くことになる。
常勤の精神科医がおらず、医師が入れかわり立ちかわり診療に訪れる総合病院だと、ずいぶん昔の医師の古い治療が延々と変更されずに踏襲されていることがある。たとえ常勤でなくても、決まった医師が行き続ける場合には、たとえ診療が月1回でも若干の修正が可能になる。

これとは逆に、赴任した医師が長く留まると分かっている場合は、診断見直しも含めた治療方針の変更に、じっくり腰を据えて取り組むチャンスである。一ヶ所に長く勤める医師が「名医っぽく見える」のは、このチャンスのおかげだ。

多くの場合、医師も患者さんも、任期がどれくらいになるか知りようがない。幸いにして、私は前勤務先に赴任した時点で長居することが分かっていたので、チャンスをたくさん与えてもらった。
8年間勤務したが、退職が間近となったとき、治療方針の変更に臆病になってしまった。もはや「長くみる」という魔法の杖が使えなくなったわけである。

ある程度の経験を積んだ医師には、どこかの時点で一ヶ所に腰を据えて「長くみる」という魔法の杖を身につけてほしい。また、患者さんには、そういう魔法の杖をもった医師を見つけることをお勧めしたい。

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