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レティシア書房店長日誌

斎藤真理子「木の栞にぶら下がる」
 
 
筆者は、韓国文学の翻訳家として多くの作品に携わり、 2020年「ヒョンナムオッパヘ」で韓国文学翻訳大賞を受賞しています。読書の原点になっているのが、今はもう誰も読まなくなった「チボー家の人々」全5巻だそうです。(1922年から1940年にかけて発表されました)
 「1977年のできごとだ。その年の映画は『八つ墓村』と『ロッキー』だった。ベトナム戦争は終わっており、反戦運動も終わったように思われた。学生運動もとっくに退潮していた。私が小学校上級生のときにあさま山荘事件があって、それより後には何も残らなかったように、見えていた。中国で文化大革命が終わったと、ニュースが言った。革命が終わるということの、意味がわからなかった。 世界は平べったく、冷戦構造は永遠に変わらないように思えた。冷戦構造などという言葉を私が知っていたとは思えないが、その中に私はぴったりサイズの穴を掘り、穴の中で『チボー』を読んだ。」
 本書は「チボー家の人々」との出会いから始まり、彼女に影響を与えた本や、韓国の詩人のこと、死刑囚永山則夫の小説のこと、翻訳詩の面白さのこと等々が語られていきます。(新刊1980円)

 「言葉が離陸の瞬間を持っていないものは、詩とはいえません。じりじりと滑走路をすべっただけでおしまい、という詩でない詩が、この世にはなんと多いのでしょうか」という、引用された茨木のり子の文章は、奥の深い詩の本質を捉えて印象に残りました。
 また、ジョージ・オウエルの「1984年」を何度も読んでは途中で挫折していたのに、東日本大震災と福島第一原発の事故後に再挑戦した時、最後まで読めた、と書いています。「とことん気の滅入る小説だ。だが3・11後に初めてこれを自覚的に読み終えることができたのは、この世が少しディストピアに近づいた思ったときに、改めてその内容が染みたからかもしれない。」蛇足ながら、私もこの「気の滅入る小説」には手を焼き、結局最後まで読めませんでした。
 面白いな、と思ったのは「編み物に向く読書」です。筆者は編み物が好きで、編む時には必ず本を読んでいるのです。バックグラウンドミュージックならぬ、バックグラウンドブック(著者は『編み本』と呼ぶ)ですね。最も活用したのは谷崎潤一郎の「細雪」だそうで、「この文庫本全3巻とともに、セーター三十枚ぐらい編んだのではないだろうか」とのこと。
そのほか、金井美恵子「恋愛太平記」、森茉莉「贅沢貧乏」、武田百合子「富士日記」、田辺聖子「苺をつぶしながら」、林芙美子「放浪記」などで、「『編み本』の第一条件は、『食』と『衣』に関する惚れ惚れするような描写があることだ。」らしいです。
 どうやって読みながら編めるのか(編みながら読むのか)不思議ですが、逆に、編み物に合わない作家としては、森鴎外、島崎藤村、芥川龍之介、志賀直哉、川端康成、宮沢賢治。「そういえば、いかにも編めそうなディテール満載であるにもかかわらず、向田邦子もNGだった」というのにも興味津々。
 「ついでに言うと、電子書籍は『編み本』にはならない。何度か試してみたがだめだった。やはり、紙のテクスチャーがそこには必要らしかった。」だとか。
 最後にタイトルにもなっている「本の栞にぶら下がる」について一章割かれています。これは、極上の日本語の文章を読んだ気分になりました。文章の勉強のために、写し書きしてもいいのではないかと思いました。なお、表紙のイラストは高野文子です。これもいいなぁ〜。


レティシア書房ギャラリー案内
3/27(水)~4/7(日)tataguti作品展「手描友禅と微生物」
4/10(水)〜4/21(日)下森きよみ 絵ことば 「やまもみどりか」展
4/24(水)〜5/5(日)松本紀子写真展

⭐️入荷ご案内モノ・ホーミー「貝がら千話7」(2100円)
野津恵子「忠吉語録」(1980円)
石川美子「山と言葉のあいだ」(2860円)
文雲てん「Lamplight poem」(1800円)
「雑居雑感vol1~3」(各1000円)
「NEKKO issue3働く」(1200円)
ジョンとポール「いいなアメリカ」(1430円)
坂巻弓華「寓話集」(2420円)
「コトノネvol49/職場はもっと自由になれる」(1100円)
「410視点の見本帳」創刊号(2500円)
_RITA MAGAZINE「テクノロジーに利他はあるのか?」(2640円)
福島聡「明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか」(3300円)
飯沢耕太郎「トリロジー」(2420円)
北田博充編「本屋のミライとカタチ」(1870円)
友田とん「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する3 先人は遅れてくる」(1870円/著者サイン入り!)
中野徹「この座右の銘が効きまっせ」(1760円)
青山ゆみこ「元気じゃないけど、悪くない」(2090円)
Kai「Kaiのチャクラケアブック」(8800円)


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