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レティシア書房店長日誌

山崎佳代子「ドナウ、小さな水の旅」
 
 
詩人で翻訳家、セルビア共和国在住の山崎佳代子が本書で描くのは、幾多の戦争の舞台となったベオグラードの過去から現代へと流れる時間です。
 「ドナウ河をめぐる小さな水の旅が、ここで終わろうとしている。旅の記録は、2010年の秋から、コロナ禍の鎮まりかけた2022年の夏まで紡がれた。思いかけず、東京で体験した2011年3月11日の東北沖大震災も記し、12年の旅を織り上げた。」と「エピローグ」で書いています。(古書2300円)

 おそらくほとんどの日本人は、セルビアが幾度となく戦争に巻き込まれ、民族紛争で領土はズタズタにされ、ヒトラーが占領していた時代には強制収用所が作られ、多くの人民が惨殺されたことを知らないと思います。私もそうでした。本書には、その忌まわしい過去の歴史が随所に登場します。しかし、本書は歴史の本ではありません。セルビアを縦断するように流れるドナウ河に繋がる支流を旅して、旧友と友情を温め、河の音に耳を澄ませる様子を、詩人らしい瑞々しい言葉で綴ったエッセイ集です。
 「本書に記録した町や村は、いずれもベオグラードに劣らず、過酷な歴史をくぐりぬけてきた。それぞれの町、それぞれの村が、それぞれの過去を秘めている。ラキアと呼ばれる土地の火酒やワイン、肉料理やチーズの味、人々の暮らしぶりには、土地の風が香り、小さな水のささやきが聞こえるだろう。小さな水たちは、ドイツの『黒い森』から流れ出るドナウ河に溶け込んで、黒海へ旅を続けていく。あなたの旅が始まろうとしている。今は形を失ったもの、見えないものに思いを馳せるとき、土地はあなたの書物となる。よき旅を祈る。」先日ブログで紹介した石川美子「山と言葉のあいだ」(ベルリブロ2860円)に近い感触を私は感じました。
 広大な川幅を持つドナウ河が中心をつらぬくセルビアの首都ベオグラードに住む詩人は、その支流の沿岸に暮らす人々と語らい、食べ、飲みます。著者はワイン、ラキアという名の火酒、コーヒーなどを友として、各地で水揚げされる魚類に舌鼓を打ちます。その様子は、読んでいるだけで一緒に食べて、飲んでいるかのような気分になります。
 そして豊かな飲食の光景だけではなく、そこに生きる人たちの語りや朽ち果てたままひっそりと佇む建物に蓄積された歴史の重さを知ることができるのもこの本の魅力です。ナチスの傀儡(かいらい)国家や占領地で迫害された人たちの声も丹念に拾い上げていきます。この流域にはナチスと戦ったパルチザンを讃える記念碑や、ユーゴ内戦の痕跡が残っています。それを著者は丁寧に集めていきます。
 どこまでも優しく、そして鋭い描写にどっぷりと浸かって読んでいくと、ドナウ河の川音が聴こえてくるようです。


レティシア書房ギャラリー案内

3/13(水)〜3/24(日)北岡広子銅版画展
3/27(水)~4/7(日)tataguti作品展「手描友禅と微生物」
4/10(水)〜4/21(日)下森きよみ 絵ことば 「やまもみどりか」展

⭐️入荷ご案内モノ・ホーミー「貝がら千話7」(2100円)
平川克美「ひとが詩人になるとき」(2090円)
石川美子「山と言葉のあいだ」(2860円)
最相葉月「母の最終講義」(1980円)
文雲てん「Lamplight poem」(1800円)
「雑居雑感vol1~3」(各1000円)
「NEKKO issue3働く」(1200円)
ジョンとポール「いいなアメリカ」(1430円)
坂巻弓華「寓話集」(2420円)
「コトノネvol49/職場はもっと自由になれる」(1100円)
「410視点の見本帳」創刊号(2500円)
_RITA MAGAZINE「テクノロジーに利他はあるのか?」(2640円)
福島聡「明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか」(3300円)
飯沢耕太郎「トリロジー」(2420円)
北田博充編「本屋のミライとカタチ」(1870円)
友田とん「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する3 先人は遅れてくる」(著者サイン入り!)
中野徹「この座右の銘が効きまっせ」(1760円)
青山ゆみこ「元気じゃないけど、悪くない」(2090円)


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