_雑文御免__うっかり失敬_レビューアイキャッチ

本レビュー『雑文御免』『うっかり失敬』

とある飲み会で知り合い、『伴走者』のときにイベントを歌舞伎町ブックセンターで開催させていただいたりと縁のある作家・浅生鴨さんが文学フリマ東京に出て私家版の文庫を出すという。買うしかないでしょうとは思いつつも店があり文学フリマにはいかなかったので通販で買った。

本書はその文学フリマから販売された私家版文庫2冊である。浅生鴨さんが雑誌やネットメディア、SNSなどで発表されてきた文章をまとめたものだ。

まず私家版(つまりは自費出版)だというのにこの本格的な装丁に驚く。新潮文庫や角川文庫と言われても遜色ないカバーに、フォントも何種類か使い分けているという気の遣いよう。8/29のイベントで聞いたところによる表紙のイラスト含め全て自作だという。

文章だけでなくイラストやブックデザインまでできるとか凄すぎる。それでいて内容が緩い。そのギャップがまたマニア心をくすぐるというか何というか。

で、読んで感じたことは浅生鴨さんという人についてで、なんというか人間なんだなあという気がした。

面倒臭がりで変に真面目で一人でいたがるくせに寂しがり屋で良い人だけども傷つけてしまうこともあって刹那的かと思えば大局的なことも言う……そういうひと言では言い表せない多面性を持っている人間としての自分に正直な人なんだろうと思う。不完全な自分を信頼している、ひとりの大人なんだろうと。

そう思わせる文章を書いている。書き続けている。だから、僕も他の人も浅生鴨さんという作家を信頼するのだ。

内容については本の性格上、トピックが散らばっているのでひとつひとつについて書き出すとキリがないので以下に好きだったり気になった部分をいつも通り引用することにする。

"そんなふうに何もしない日というか、何もできない日が設定されているのは、あんがい悪くないことだと、僕は考えている。"
→プラハのクリスマスについて。まったくの同感。由無し事からの距離の取り方って人生を楽しくするのにとても大事なことだと思う。

"旅に出るのに必要なのは「旅に出たい」という気持ちだけ。旅に出るための理由をあれこれ考える必要はない。"
→そうだよなあ。ぼくはまだいろいろとお尻が重すぎるよなあ。もっと軽くなりたい。

"カレン・グッドマン監督の受賞スピーチ「教育と理解と寛容があれば、平和は実現できる」を思い出した。"
→たったそれだけのことがどれだけ難しいかという話だよなあ。人間にはどれもプリセットされていないのかもなあなんてことを、思った。

"ああ、このせかいは、少なくとも僕の知っている日本の社会は、健康で、五体満足で、平均的な身長と体重の。たいした病気もせず、毎日の仕事がある、我慢強い成人男性を基準にしてつくられているのだなあ。誰だって何らかの問題を抱えているはずなのに、そんなふうに存在しない人を基準にすれば。そりゃみんなヘトヘトになるよなあ。"
→日本社会の問題の根本ってこういうことなんじゃないかあと直感するのだけども実際はどうなんだろう。

"僕としては、テレビ中継を見ながら別の何かを調べなきゃならないのは、むしろテレビ側の怠慢だと思うし「だったら調べろ」は「新規の客を呼び込む」態度でもないと思うんだけど……"
→本の世界にも言える。

p.193「他人の心の動き」の全てと、最後の"彼らとはちがう形でちがう道の上で僕は考えていたいと思った。"という部分
→道具に使われたくはないよなあと僕も思う。

"どうしてもわかりあえない孤独な存在どうしが、それでもなんとか互いにわかろうとする希望として言葉があるのだと僕は思っている。"
→なんでこの人はこうもうまく表現できるのかなあと。

"ときに個となり、ときに全体の一部となり、それでいて常に美しいもの。"
→きれい。

"知らないふりをどこまでできるかという、受け手側の問題もかなり大きいんじゃないのかなあ"
→話したがりの自分に自戒を込めて。

"最近、私はずっと速度について考えています。三月十一日以降、今なお続いている大きな厄災について考えるとき、速度についてしっかり考えなければいけないなと思っています。"
→この震災について僕が言えることは何もないと思っているけども、何か大きな物事を考えるときに「いま、ここ」以外の速度や期間といった時間に対する態度はとても大事だと思っている。

"「あのな。暗ければ暗いほど光ははっきり見えるはずなんや。それがとんなに小さくてもな。だから誰にだって見つけられる。いつか絶対に」"
→浅生鴨さんが聞いた被災地の人か言葉から。こういう風に生きたいと思った。

……とりあえず『雑文御免』で付箋を貼ったところだけ抜き出してみたけれど、あかん、これ、終わらんやつだ、ということで後の2冊にも付箋を貼りまくるくらいに好きな本なのでぜひ、どこかの本屋で、できれば下北沢のBOOKSHOP TRAVELLER でお買い上げください〜と最後は宣伝で締める和氣店長、略してわきてんなのであった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?