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『幸福な監視国家・中国』読了

読み終わりました。

こちらの読書会で紹介されていた一冊で気になったので読んだのだ。

この記事を書いた時点で、Kindle Unlimitedに入っていたので即座にライブラリに投入したのだが、いま確認したところ外されている。ラッキーだぜ。

著者の梶谷懐氏は現代中国に詳しい学者さんで、梶ピエールというブログを以前から運営されている。普通におもしろいので昔からたまに参照していた。

もうひとりの著者の高口康太氏は不勉強で存じ上げなかった。中国やインドに詳しいジャーナリスト、翻訳家といったところであろうか。

本書の内容は、監視国家と日本を含む西側諸国から考えられている中国に実態みたいなストーリーだが、それが受け入れられている背景にまで踏み込んだ良書である。

昨年来の疫病騒ぎにより、中国のような監視国家のほうが感染制御という意味では有利なのではないかという議論も一部にみられたこともあり興味深く読めた。

実際のところ、西側で喧伝されているほど厳しい監視が行われているわけではない。なんだかGoogleに繋がりにくいから百度使っちゃうとか、SNSにいらんこと書いたら一瞬で削除されたたり警察に怒られたとか、特急に乗れず普通列車で長距離移動を余儀なくされるとか、そういったことである。たまに新疆ウイグル自治区や香港でみられたような酷い弾圧はあるのだが。まあ2年近く前の情報なので今は変わってるかもしれないし、今後も変わっていく可能性は高い。

それよりもテクノロジーがもたらす幸福感、ゆるい監視により達成される道徳的な社会といった利得と引き換えにこうしたことを中国の人々は受け入れている。その結果か、百度やアリババやテンセントのような巨大IT企業も誕生している。一部消費者におもねった中途半端な規制のために米中に大きく水をあけられてしまった日本とは大違いである。アメリカのような規制のゆるさも、中国のような国家の強さも、日本とは違って消費者のワガママが許されないという点で共通しているように思われる。そして米中では便利なサービスが生まれて、結果的に消費者の利便性も向上している。

政府やIT企業のおすすめするものに導かれて幸福に生きられればまあいいじゃないかという、パターナリズムと功利主義のミックスがみてとれる。それは『1984』のビッグブラザーよりもはるかに複雑なハイパーパノプティコンとでも言うべきものかもしれあい。

もちろんこの功利主義には問題はある。統制するシステムが暴走する可能性は常にあるからだ。新疆ウイグル自治区でなされたといわれる苛烈な弾圧はその一例かもしれないし、中国全体としては合理的な行為なのかもしれない。

中国の伝統的な思想では、優れた為政者のもとでの経済的平等が良いとされており、その意味でも監視が受け入れられやすい社会なのかもしれない。習近平が首席就任後に汚職で多数の幹部を粛清したのもその効果を狙ったものかもしれない。

中国の偉い人達にも人々の幸福を最大化しておけばよいという功利主義的な側面はあるだろう。市民だってとりあえず政府がおすすめする行動をしておけば最大多数の最大幸福が実現されると、なんとなく計算しているのだろう。

著者らは監視社会は日本も他人事じゃないというが、こうした背景を考えればさほど実現可能性があるとは思えなかった。

最後にひとつなんとなく気になったエピソードを書いておく。便利なサービスの一部としてウーバーみたいなのもある。配達員はがんばったら月に8000から1万元稼げるという。なお大卒の初任給は5000元程度である。中国は10年以上前にルイスの転換点を超えたと言われるが、そういうイケイケドンドンの経済成長の途上にあるということがよくわかる話だ。日本にもそういう時代はあったのだろうか。

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