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疫病のお勉強をしすぎた1年だった

私と青野浩氏の共訳書『自由の国と感染症』絶賛発売中だ。

さて昨日に続いて、私こんなにお勉強しましたよアピールだ。

昨日は自動翻訳にはまだまだできないこととして、情報収集を上げた。

今日はそれに関して、公衆衛生のお勉強をこんなにしましたよとドヤ顔してみよう。

まずだいぶ前に読んだこの本を再読した。

タイトルの通り、感染症の世界史を総覧できる優れた一冊である。

ついでにビジュアルでも把握しておきたいと思ったのでこんなのを読んでみた。

今や歴史になってしまった感染症から、現在も途上国で猛威を振るう疫病まで図で把握できるのがいい。

これらを頭に入れつつ翻訳の作業を進めていくわけだが、『自由の国と感染症』は法制史の書でもあるから、公衆衛生と法制度の対立の歴史も知っておく必要がある。


そこでコロナ禍のちょっと前に出版されて、コロナ禍とともに話題沸騰したこの本を読んだ。

感染症という概念のなかったギリシャ時代から、細菌説の確立、ジェンナーのワクチン開発とともに、健康管理に国家権力が介入していく様を描いた良書であった。

この本が翻訳に直接役に立ったとは言い難いが、本書を読んだことで細菌説についての訳に自信を持つことができた。そういう実利的なことを抜きにしても、私個人にとっては読む価値が高い本であった。

続いて、この本の著者である西迫氏も執筆に参加した『感染症と憲法』をお買い上げ。

編者の大林啓吾先生は今や法学方面における感染症の第一人者であり、翻訳ということを抜きにしても読んでよかったと思う。

『自由の国と感染症』でも取り上げられたヤコブソン事件など、重要な判決にはだいたい触れられているし、法律の技術的側面についてもわかりやすく説明してある。

そして何より、最後の最後まで悩んだpolice powersの訳語は本書に倣ってポリスパワーとした。police powersは警察だけでなく、公共の福祉全般に関わる、政府や自治体の権限のことで、どんなに調べてもしっくりくる漢字の訳語には出会えなかった。

公衆衛生の歴史についてもう少し広い視野から把握しておきたいと思ったので、『自由の国と感染症』でも引用されていた『健康転換と寿命転換の世界誌』を読んだ。

『自由の国と感染症』で、アメリカは1950年までに劇的な死亡率低下を経験したと述べられている。20世紀半ばまでに多くの先進国が経験した、このような健康の大幅な改善は、インフラ、要は上下水道の改善によって腸チフスやコレラなどの水媒介性感染症の激減によるものだった。子供の死亡率が大きく下がったために、寿命がめちゃくちゃ延びたのである。第1章19頁や第5章では死亡率転換としてこのへんの事情が書いてある。

『健康転換と寿命転換の世界誌』はこのように訳を確定させるのに大変役だっただけでなく、示唆に富む書物だった。死亡率転換を成し遂げた後の20世紀後半から21世紀にかけては大して寿命は伸びておらず、費用対効果はかなり悪いように見受けられるのだ。
特に現代の日本は史上類を見ないほどの長寿を達成しているが、現役世代が支払う没収的水準の社会保険料で支えられており、、、

閑話休題。
『自由の国と感染症』では、英米では本国民は自由に固執するのでワクチンを強制できなかったが、植民地では強制できたと書かれている。
ただし植民地であっても抵抗は当然あったのである。

インド植民地において公衆衛生という概念がいかに受け入れられていったかを描いたこの本をお買い上げ。ちなみにみすず書房だ。
この本はめちゃくちゃ面白かったが、読まなくても訳文はたいして変わらなかったと思う。
重要なのは、細菌説以前は西洋もインドも医療の水準はほとんど同じ、おまじないレベルであったということだ。ジェンナーのワクチンだとか、綺麗な上下水道が西洋とそれ以外の医療の決定的な違いであり、特に上下水道は前述のごとく西洋に飛躍的な健康改善をもたらした。

個別の疾患については医学書を読めばよかったが、黄熱病についてはこの本をついつい読んでしまった。ちなみにこれもみすず書房である。
『自由の国と感染症』では、黄熱病の感染経路の発見についてはサラリとしか書いていない。

しかしアメリカ帝国主義という文脈ではそこは重要なポイントで、最初にキューバ人医師カルロス・フィンレイがほぼ正解に辿り着いていたが、最終的にはアメリカが手柄を横取りする形になった。本書ではその過程がネチネチと綴られている。ジョルジュ・カンギレムの前書きもあるでよ。

みすず書房つながりでスペイン風邪の本も読んでおいた。

これは翻訳には全く寄与しなかったが、温故知新ってことでスペイン風邪のことを振り返るために読んでたって感じ。
『自由の国と感染症』でスペイン風邪については1箇所だけ記載がある。黄熱病は最悪のケースでは、スペイン風邪の10倍の死亡率だったというものだ。スペイン風邪もかなりえげつないのだが、黄熱病その10倍って、、、というような観点から『史上最悪のインフルエンザ』を読んでみるのはいいかもしれない。

この一年に感染症に関して読んだ本はこれが全てではない。そもそも翻訳の仕事がなかったとしても、こういうご時世だからそれなりに読んでいたとは思う。
というわけで今日はそのうちの一部、親愛なる読者の皆様におすすめできるものを厳選して紹介した。

疫病についてはこれくらいにして、次回はアメリカの歴史や法制度についてお勉強したことを披露する。




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