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賢くなりたい!ー①賢くなるにはやはり哲学か?

諸事情があり久しぶりの投稿になりますが、今回はさらっと大学生の頃を振り返りながら皆さまのためになるかもしれないシリーズものにしようかと思います。(挫折したらすみません。)色んなご意見あると思いますので適宜コメントも頂ければとも思います。(必ずご返信いたします。)

私は大学の頃ひとしきり暇でした。大学生というものは精力があり余っているものの目的が定まっていないのが常ですから何かゴールを探すことから始めます。人によっては学業を、部活動を、アルバイトを、男女交友(いちゃいちゃ)をそれぞれ頑張ることになるのではないでしょうか。

この私はといえば、数学科という点数さえとれば単位がとれるという楽園にいて、部活動には何ら所属しておらず、塾講師で特に予習は不要(むしろ予習しなければいけない日が来たら引退だと思っていました)でしたから時間を持て余していました。勿論、陰キャですからチャラいことはしたくてもできなかったというところが真になりますでしょう。

就職活動で学生時代に頑張ったことを述べないといけないという風習があると聞いたので、あるいは学生時代に何かを成し遂げたいという気概はあったため、私は子供の頃から目標であった「賢くなりたい」という夢を叶えたいと思うようになりました。

「賢くなりたい」こう思うのは私自身が知的な部分について強いコンプレックスがあるためであります。私の周りには私より短い時間で単語を暗記し、器用にパズルを解き、段取りよく課題をこなす人しかいませんでした。当の私はといえば、単語は頭に入りませんし、パズルを解くのに時間はかかりますし、夏休みの宿題は前日に、あるいは夏休み明けにやっていた人です。勿論、大人になってもこれは変わっていません。これをどうにかして大学生のうちに解決できないかと考えたのです。

私はまず哲学に手を出しました。哲学を始めたのは祖父が哲学好きというのもありましたが、そういう何とも如何わしい近道・裏技みたいなのが分かれば人生はイージーモードなのではないかと考えたのが本当のところになります。

さて、哲学をパッと知りたいと思いましたので下記文献を良く読んだように思います。

「読まずに死ねない哲学名著50冊」

最初にハマったのはデカルトです。数学・科学好きにはデカルトの思想に共感できるところが多分にあると思います。いわゆるこの頃の哲学者というのは知性改善論に取り組んでおり、例えばデカルトは一つの功績として「方法序説」を記しています。この方法というのは「問題を解決する」ための方法であって、どのように頭を使うかということが書かれている本になります。後半はデカルトの観察や研究についてページが割かれているような覚えがありますが、前半のページにはどのように問題を解決するのかについてデカルト自身の立場や見解が明確に書かれています。

第一は、私が明証的に真理であると認めるものでなければ、どんな事柄でもこれを真実として受け容れないこと。(明証性の尊重)
第二は、私が検討しようとする難問を、必要に応じて、多数の小部分に分割すること。(問題の分割)
第三は、最初は最も単純で認識しやすいものから始めるということ。段階を追って最も複雑なものの認識に至り、秩序を仮定しながら、私の思考を秩序だって導いてゆくこと。(単純性の尊重)
最後に、自分は何ひとつ見落さなかったと確信するほど完全な列挙と、広範な再検討を行うこと。(網羅的列挙)
(引用元:「§2-4 4つの規則の発見 」By soakdog )

このデカルトの方法は現代でも良く使われているように思います。「科学的な」と表現されるものは全てこの枠組みのような気がします。まず、定義づけをして、問題を分割して、最終的に統合して、見直しをする。

個人的にはこの時代の考え方というのを強く反映しているように思います。「とにかく問題は分割しなさい」的な発想。例えば、物体を調べるために、物体を細かく分子だの原子だのに分けてみる。今は素粒子クオークまでに分けることができるそうですが、これらの根本発想はやはり「細かく分割してそれをちゃんと調べれば問題(物体の性質を知ること)は解決できる!」というところにあるのではないかと思います。(物理の話はよく知らないので間違っていたら私をぶん殴ってください。殴る前に念のため保険には入っておいてください。)

ビジネス界のPDCAサイクルは第3や第4のことを言っているような気もします。仮説を立ててみる。やってみる。チェックする。もう一度行う。(そういう観点ではPDCAサイクルというのはわかりやすいですけど、古い考え方で現代には通用しないのかも…とはいいすぎですかね?ビジネスなんてわかりやすければそれでよし、だからそれでよいのか!…とはもっといいすぎですか?

さて、私はこの4規則にしたがって「賢くなるには?」ということに取り組もうと考えたわけであります。

1.明証性の尊重
まず、何を賢いと定義するのか?
ー賢い人って例えば誰を指す?その人は本当に賢いといえるの?賢いってIQが高いこと?難解なパズルが解けること?自分で生活を回せること?
2.問題の分割
1で確かめたものを達成するにはどの段階を踏めばよいのか?
ーまず、今のIQを知って、一日に何冊読んで、…
3.…

とはいえ、やはりこの4規則では解決しないこともある。いや、むしろこの4つの規則で解決することができることは既に解決していることである場合が多い。まず、私は賢いとは何たるかを最後まで決めることができませんでした。私にとって何一つ明証と思えるものはなかったからであります。

そもそも私が明証的に真と思うには何を軸にすればよいのか?
どの事実も真実として受け入れないとなるとどうなってしまうのか?

そんなことに悩まされながら私はまた一人私に影響を与える哲学者に出会うことになります。(つづく)




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