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寝られない

寝られないから何か書く。最近何も書いていなかったからちょうどいいだろう。

昨今の情勢から、ほとほとニート状態になって暫く立つ。私は日銭稼ぎ以外にはほとんど外に出ず、家にいて本を読むかスマホをいじっている。そして、日が変わるのを何だか億劫に思っている。それは当然で、自分には差し迫った問題が本来あるのに、それを放ったらかしにして先延ばしにしているからである。日が変わるのが億劫になるのも当たり前。

それは、おそらく殆どの人がやっていることなのである。それは当然やるべきこととして、受け入れられるべきものなのである。私もまた、それがそのようなものであるということがわかっている。他方、それに対してどうしようもないほど忌避感を抱いている。

こういうジレンマをどうしたらいいか。私は哲学とか宗教が好きだったから、そちらの方面にはその手の苦悩に対する答えがいくつか転がっている。虚無主義とか運命論とか唯物論とか道徳否定論とか、まぁ色々ある。そういう言葉が、右往左往している自分には、何だか慰めになることはあった。しかしそれはやっぱり慰めで、救いではない。私が、あるいはまた私に類するような境遇にある人が抱える問題を、根本的に解決してくれるものなど、そういったところにありはしない。

人類とりあえず3000年くらいは思索してきて、それによってあらゆる悩みがありことが浮き彫りになり、それに対して一定の回答を指し示してきた。しかしそれは、いつまでも暫定的な回答に過ぎなず、絶えず更新されていくもので、有効性を保ち得ない。快楽論は結局、普遍的な考え方にはならなかったように。

そんなくだらないことを頭の中をとっちらかせながら考えています。

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