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赤穂浪士の討入(ショートショート)

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 間に合った、と思い荒い息で、俺と妻は席に着いた。本物の赤穂浪士と吉良の武士とのリアル戦いが見れるのである。
 タイムマシンが発明され、こういう商売が成り立つようになった。タイムマシンといっても、その時代に行くことはできるが、存在することはできない。つまり幽霊化していくのである。だから危険はない。吉良邸をうろうろして、堀部安兵衛の戦いぶりや、吉良の殿様の首切りを目の前で見ることができる。もっとも誰が堀部安兵衛で、誰が大高源吾なのかはわからないけれど。大石内蔵助だけは衣装と陣太鼓でわかるだろう。
 いよいよはじまった。大石内蔵助が山鹿流陣太鼓を鳴らす。えっ、鳴らさない。映画やドラマでは鳴らすのに、現実はひっそり時間になると、一斉に三方から攻め入ったようだ。
 俺たちもみんなと一緒にお屋敷の中に入って、様子を窺った。斬り合いが各地で見られると思ったら、意外や静かである。あまり戦闘シーンがない。吉良邸では殿様を隠すのに精一杯のようだ。
 月明りはあるが、暗闇の中なので、敵と味方がわかりづらい。ここで有名な合言葉「山」「川」がでてきた。これは史実のようだ。
 合言葉の返事がないと斬り合いである。一方的に赤穂浪士の方が強かった。油断をしていた吉良の侍はみな、及び腰であった。道理で四十七士、1名も死ぬことなく、泉岳寺まで行けたはずだ。
 2時間ほど戦闘があり、といっても思ったよりも大したことはなかったが、やがて笛が鳴りだし、吉良上野介が見つかり、その場で殺され、そしてその後、首を刎ねられた。ここも微妙にドラマや映画とは違うようだけど、まあいいか。
 さすがに妻は首を切るシーンでは失神しそうになったので、タイムマシンに戻ることにした。
 泉岳寺までの行進を見にいった人も何人かいたが、僕らは席に座って、タイムマシンの窓から見える風景をぼんやりみていた。もっとも暗くて何も見えなかったけれど。
 このタイムマシンが出来てから、歴史の謎の多くが、解明されていった。謎が謎でなくなってしまった。教科書も大幅に変更されていった。これ以上話すと、令和の人たちには、守秘義務違反になるので、いわないけれど、次はどの時代に旅行に行こうかと楽しみにしている。

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