見出し画像

「ライターにならないの?」曖昧にぼやかしてきた答えを深掘りしてみた。

めちゃくちゃありがたいことに、「ライターにならないの?」(≠目指さないの?の意だと解釈してる)と言ってもらえることが度々ある。右脳感たっぷり感情垂れ流しの文章を書いてるだけなのに、そんな風に言ってもらえてほんとにありがたい限り。素直に嬉しい。

2022年4月入会のSHElikesで最初に受講したのはライティングコースだったし、2022年10月~現在までnoteも毎週連続投稿は絶やさずに、毎月10記事投稿を続けている。「こつぽん=文章を書いてる人」というイメージが定着してるのかなと。少なからずSNS上ではね。ありがたいね。

ちなみに、SHElikes入会前からリアルの友達に「コピーライターになったら?笑笑」と定期的に言われていて、その理由については下書き供養シリーズで書くつもりだった。めちゃくちゃ後回しになってるので、せっかくなのでこの記事内にまとめて書きますね。なこてんさんぱんさんあずまさんが気になるコメントしてくださりました!ありがとうございます💗


「ライターにならないの?」の質問に対して、

「んん~~~わかんない。書くのは好きだけど、noteは自分のために書いてるし。稼ぐイメージができないんだよね~」と曖昧にぼやかして逃げてきた。

ライターになる、ならない、なりたい、なりたくない。現在地の視点でも、未来の視点でも、明確な言及は避けてきた。だって、うまく言語化できないんだもん。口頭での会話なんて特に無理(笑)。言いたいことがちゃんと伝わる気がしないから逃げちゃった。脊髄反射の自己防衛だよね。

このテーマでnoteを書き始めたのも、いままでぼんやりさせてきたことをはっきりさせることが目的じゃない。ただ、私の中にぐるぐる滞っている「ライター」に対するいろんな角度の感情を一旦整理しておきたくなった。それがこのタイミングだっただけ。着地点がどうなるか自分でも不安(笑)だけど、読んでくださると嬉しいです。


まず、職業として「ライター」を、さらに働き方として「フリーランス」を知るきっかけは、古(いにしえ)のTwitterだった。あの頃のTwitterの影が、いまはもうどこにもない。noteでも何度か書いてるカツセマサヒコさん、夏生さえりさん、燃え殻さんの3人のおかげ。140文字内で紡ぐ言葉がとにかく大好きで、日常的にたくさん浴びたいと思ったし、どっぷり浸っていたいと思えた。

私がTwitterを始めたのは2013年、大学1年生のはじまりと同時に仮面浪人仲間を求めて浪人垢を作った。その後仮面浪人には失敗し、なにごともなかったかのように過ぎていく大学生活の中で、浪人界隈のフォロワーを整理し、おもに邦ロック+日常をメインとした趣味垢に転生した。2014年の冬のできごと。

どうやって3人を知ったのかは覚えてないけど、2015年には確実にフォローしていて、あらゆるSNS・Webメディア、小説・エッセイ、ラジオ、登壇イベントなどなど、とにかく追いかけ続けていまがある。ずっと大好きで最推しの存在。推しっぷりを語り始めるとシンプルに早口オタクが発動するし、本筋の「ライター」のテーマから逸れるので一旦割愛しますね。もしお話できる方がいたら、ぜひお話しましょう。

一言で言うなら、大学生の私にとって「憧れ」の存在だった。

「ライター×フリーランス」とわかりやすい肩書きを書いてしまったが、当時の私にとっては職業や働き方に対する現実味はなかった。ないからこそ、シンプルな憧れと、「人として」の尊敬・大好き!な気持ちと、あくまで受け取る側での文章でしか考えてなかった。ロールモデルだなんて、目指せるかのようなニュアンスは烏滸がましくて、とてもじゃないけど言えない。

就職活動時もまったくと言っていいほど、ライターも出版関係も興味がなく、見向きもしなかった。ここでもやっぱり現実感はなくて、雲の上ほど遠くないはずなのに、ふわふわと好きな気持ちだけが漂っていた。2017年春に上京して、さえりさん×カツセさんのトークイベントに現地参加して、出版されて本にサインをもらって、東京って夢あるわ~~!!と感動した日のことは一生忘れないだろうな。

ぐっと時間軸を早送りして、2022年2月さえりさんが登壇したSHElikesのイベントに参加した。これがSHElikes入会のきっかけとなり、コースの講師も務めてることを知った。やっぱり「人」が決め手なんだなあ~としみじみ思う。

その後、実際にライターとして働いてるたくさんのシーメイトさんを見かけて、「ライター」そのものは遠い存在じゃなくなった。「フリーランス」も同様に。私ができるかできないかは別として、いままで集合体だったものが、一人ひとりの存在として確かめることができた。

もしかしたら「憧れ」だけじゃないかもって、新しい感覚に陥った。語彙力不足でこの感情をうまく言葉にできない、もどかしい。最推しの方たちの言葉は、私の体内に浸透していて、毎日を生きていく芯になっている。少なくとも私の思想は影響を受けて染まっている。まったく手の届かない存在から、輪郭が見えたことで空虚に手を伸ばしているだけではない感覚に少し変化した。もちろん簡単に届くなんて思わないんだけどね。

ライター以外のお仕事もして、複数の肩書きを持ちながら生きている最推しの姿に、自分はどう生きたいのか、問うようになった。キャリア迷子だからこその問いかもしれない。新卒で入った会社でスムーズなキャリアを辿れていたら、立ち止まって思い悩むこともなかったかもしれない。まさか自分の姿を重ねて、現実的に考える日が来るなんて想像してなかった。


「現実的に考える」と書いたものの、本当に考えてる?行動してる?と問い詰められたら、なにも言えなくて笑って誤魔化しちゃいそうな自分がいる。冒頭にも書いた通り、ライターになりたいか、自分の本音がわからないからだ。「まずやってみればいいじゃん!書いて応募すれば?名乗ったもん勝ちだよ!」みたいな声が聞こえてきそう、ごめんなさい。中途半端な気持ちではできない性分なんです…。

SHElikesのライティング関連のコースは一通り受講して、課題も3/4は提出したし、ライターコンペも何回か挑戦して入賞経験もある。でもそこまでなんだよな~。noteはマイルールに則って、継続できてるけど、あくまで自分が書きたいことを書いてるだけで。エッセイ「あの日、あの街で、彼女は。」だけは、ペルソナ設計もガッツリ練ったけど、それ以外は感情の垂れ流し。

まさしく「ひとりごと置き場」なの、置いてるだけ。足を止めて読んでもらえたり、たまたま通りがかって気になってもらえたら嬉しいけど、見てください!ってキラキラに包装してショーケースには入れてないのよね。だからこそ、noteは自由に続けられているし、私の生々しい本音が綴られた唯一の居場所だから、失いたくないし、大事に抱えて生きていきたい。

お金をもらって書くこと、書くことで稼いで生きていくこと、そこに辿り着くにはかなりの階段を上らないといけないイメージ。こんな文章で稼げるのか?という不安よりも、対価に見合う文章を書くことはほんとうにやりたいことなんだっけ?と立ち止まってしまいそうで。挑戦する前からネガティブな妄想よくないよね~わかる、自分でも嫌いな思考の癖だよ。

「書く≠稼ぐ」に対する胸のザワザワがどうにも抑えられない最大の理由は、「書くことそのものが好きだから」だと思う。好きなことをまるっと仕事にする怖さなのかな。

新卒~いままで人材業界の畑にずっといて、求人広告の営業・採用コンサルみたいなことをしたり、Webマーケティング領域で広告運用をしたり、「それぞれの仕事そのものが好きなわけではない」けど、稼ぐために少しの割り切りで乗り越えてきた。働いている中で「好きな瞬間」はあれど、業務フローのすべてが好きで構成されてるわけではない。でも、「書くこと」は根本が好きだから、あらゆる業務も内包してる感じ?ベン図のいちばん外枠の中を全部塗りつぶしてるみたいな?いい例えが浮かばないけど、もっとも広い土台のイメージ。

昨今よく耳にする「ライスワーク」と「ライフワーク」の違いに近いかもしれない。自分の中で立ち位置がまだ整理しきれていなくて、曖昧のままでいいのかどうかもわからない。

先日完成させたキャリアマップにも、ライターという言葉は出てこなくて、(納得はしてないけど)「エッセイスト」がいちばん近しい肩書きになった。むずかしい。

ほんとに「書くことそのもの」を仕事にしたいか、まだまだ深掘りが必要な気がするし、書いたその先が描けないと踏み出せないかもなあ。


と、は、い、え、SNSで見かける「○○の記事を書きました!」報告は、正直めちゃくちゃ羨ましい気持ちで見てる。バズってるとシンプルにすげえええ~~って思うし、知ってるメディアだとなおさらそう思う。羨ましいとともに夢があるなあとも思うし、その方の努力の結果なんだろうなと感じる。

これも一種の憧れかもしれない。隣の芝生が真っ青で、ないものねだりで、みんな活躍しててすごいな〜状態。限られた情報だけで一喜一憂してると振り回されてしんどいのに、この思考の癖もやめたいな。


下書き供養シリーズとして書く予定だった「コピーライターになったら?と定期的に言われる理由笑笑」にも触れよう。

小学生?中学生?くらいの頃、学級スローガンみたいなのありませんでした?毎月目標を決めるやつ(笑)。あれ、考えるの得意だったんですよ。よく私が考えたキャッチコピーがノミネートしてました。

大学生〜現在までは、言いたいことをぎゅっとまとめて単文のキャッチコピーに要約することが得意みたいで、友達とLINEしてると名言だ〜!と褒めてもらえるし、笑ってもらえるので調子に乗ってます(笑)。本来のコピーライティングの定義と当てはまってるかは謎だけど、「コピーライターになったらいいんじゃない?」と友達に言われる理由は以上です。具体的なキャッチは割愛します。

単純に言葉遊びが好きなんだと思う。語呂やリズム感も含めて、心地のいい日本語を組み合わせてる感覚。話すより書くほうが得意なだけで、根本は「言葉そのもの」が好きという結論になる。

前職の求人広告営業時代には、求人原稿の作成もしてたので、限られた文字数内でキャッチコピーを考えるのは得意。ツイ廃の自負があるので、Twitterで140文字ぴったりの投稿も得意。


気づいたら、とっくに4,000文字超えててびっくりしてる。途中までは久しぶりにパソコンに向かってたから、体感とズレてる(笑)。

後半は、スマホぽちぽちしてるけど、そのほうが脳内のひとりごとがダイレクトに言葉にできる気がする。やっぱりこれからもスマホから書こうかな。


終着点が見えてないんだけど、結論、ライターになりたいかはやっぱりわからない。好きのその先を見つけないと仕事として向き合えないかな。どうしても、書くことは目的というより手段な気がしている。読み手に強いメッセージを与えるというより、共感・追体験・気づき?みたいな、忘れかけていた感情を揺さぶることができたらいいな〜のお気持ち😌

中長期的な人生の夢は、本の出版なので、書くことを生業にしたい気持ちはめちゃくちゃある!!文豪っぽい人生やってみたい(雑)。晴耕雨読の価値観も好き。エッセイも書きたいし、小説も書いてみたいから、創作の勉強もしたい。もちろんnoteは書き続ける。

コピーライターも、ライター同様に本気で目指したことがないから、どんな感じのお仕事なのかちゃんと調べてみる…。

このnoteの「ひとりごと置き場」を派生させるなら、一層のこと自分でWebメディアをつくるのも楽しそう。「居場所づくり」はオフラインに限定しなくてもオンラインでもできるよね。めちゃくちゃジャストアイデアだから、具体的な構想はまだなにもないけど、雰囲気は「ほろ酔いの帰り道にひとりで立ち寄れる隠れ家カフェ」みたいなイメージ。まあ、完全に私が求めてる場と解釈一致なんですけどね、酔っ払いで寝る前にひとりでうわああってなったときに、言葉を外側に出して置いておける場所が欲しい。ひとりだけど、ひとりじゃない状態がいい。

最後に妄想を膨らませてたら、5,000文字超えた!とりあえずいまのお気持ち表明でした!

まとまりのない文章を最後まで読んでくださって、ありがとうございました💌

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?