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やっぱり長老ポジションが向いているんじゃないかINFJ

以前の記事に、年を取ったら村の長老さまみたいになりそうと書いた。固定記事ね。

友人も少ないし、さほど人前で喋る機会もないのだけれど、相談はちょこちょこされやすい。年と共に、勉強してきたこと、自分が悩んでそれを乗り越えてきたことが、誰かの相談の時にすごく役立つなぁと実感するようになってきた。

職業柄、病気に関連したこと。特に、病院でこんな風に説明されたんだけど、納得できない、決意できないという人に対しての説明はなんだかうまく行く。わからなかったら調べまくって説明するし、さらにわからなければわかりそうな場所を紹介できる。中学校のときの担任の先生からメールをもらって相談受けて喜んでもらったことがある。不思議だね。あの頃は、先生はすごく大人で、こちらは未熟な子供だったけど、何十年も経つと、ただ人間同士のやり取りになるんだ。息子の同級生などに、年老いてから助けてもらうこともきっとあるんだろうな。それは嬉しい関係性だわ。

息子の言葉の遅れで子育てに苦労したので、その辺のこと。そして軽い不登校。不登校気味の三男も、まあなんとか、たまに学校休みながらもハッピーに過ごしている。そのときの親としての心の持ちようみたいなもの。

そういえば、以前、コロナの前、子どもの反抗期と不登校にちょっと悩む身近なママ友が2人いたので、反抗期勉強会やろうって誘って結局井戸端会議になったっけ。うちのリビングダイニングは洗濯機や洗面台もあるし、ごちゃっとしていて、人を招き入れるような感じじゃないんだけど、もうカッコつけなくてもいいかと思うようになって。ダイニングテーブルは大きいし、ダイニングの椅子はレストランみたいな3人並んで座れるソファだし、リビングには寝るのにぴったりな大きなソファもあって、住む立場からするとくつろげる仕様。緑茶紅茶コーヒー類は何でも好きだから、どれにする?って選んでもらって、おいしいおやつ用意して。確かこのときはマリアージュフレールのマルコポーロを淹れたように思う。例えていうなら田舎のおばあちゃんち感を目指している。反抗期に関する本を用意してかいつまんで説明したっけ。元気が出たみたいだった。いつもなら自分から人を誘うことってないのにね。不思議と、やらねば!!と焦燥感に駆られたように記憶している。日々の瑣末な、でも心の底にたまるちょっとした不満や不安や思うことを喋ることが特に女性には必要な気がする。


まだガッチリと相談されたことはないけど、きっとお役に立てそうと思うこと。

①エナジーバンパイアとのやり取りで疲弊したあと、心の境界線を引くのが上手になってきた。

②私のここ最近の一番悩みは、会社の経営やお金のことだ。いつの間にか、税金のことなどをコツコツ勉強している。iDeCo、NISA、ふるさと納税、小規模企業共済、相続対策など、ざっくりした説明ができるようにもなってきている。どこに相談すれば良さそうも見えてきた。

③片付けは得意ではないけれど、整理収納アドバイザーとコーチングの知識を両方を駆使すればいざとなればお片付けする気持ちになってもらうことすらできそう。疲れそうなので仕事にはしないけど、自分と、自分が大切な人のお役には立てそう。

将来、子育てが終わって、仕事も『働きたくない』の望み通り、手間がかからない形に整え切ったあと、できたら書くことで少し収入ができて、読書を存分にできるような時間ができたあと、叶えたい夢があったんだった。それは地域の人が井戸端会議ができるような居場所作り。田舎の家のような縁側があって開けていて誰でも立ち寄れて雑談するような場所が欲しいよね。これって街作りっぽい? 自治体がやるようものかしら? なにかしら似たような場所が作れたらいいなぁとふわっと想像している。全く具体的なものはないんだけれど。

話があっちこっちに行ってしまった。何にせよ、苦労や苦難、辛いことも、後から振り返れば意味があったと思うね。ただ淡々とした日常への感謝や、日本に生まれてきたことへのありがたみを感じます。

歴史に存在してきたであろう無名の村の長老さまたちも皆、いろんな苦労や苦難を乗り越えてきたんだろうか。



マルコポーロ好きだけど、高くなったな……

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