我が魂の試し方 その1
どうやら一部を除いて、人間ってのはレールの上を走るのが好きらしい。
あるいはレールの上を走らせようとする先人達が多いのかも知れない。
生まれた瞬間、奴らはそれが正しいと思い込み、それを強要してくる。俺の場合はその典型。
全く興味の無いクラシックがかかる。
どちらかって言うとビートルズのヘルプや、中村あゆみのメインストリートが好きなんだけどさ。
あいつらは何処で付けたんだかわからんが、幼児教育にはクラシックがいいとかいう話を間に受けるもんだから不愉快極まりない。
そんな事を幼心に感じていた。
鏡の中を覗くと、いつも知らない誰かがこっちを覗いていて、それを周囲の人に知らせようったってそいつはサッといなくなる。
幼稚園に入る前に俺は鏡の中のそいつを探す事に没頭していたが、床に鏡を置くと親が怒った。割れて怪我しない様にと。
もしかしたら人と俺は少し違うって、集団生活を強いられる環境に置かれた事で感じる様になった。それを世間一般の感覚でいう普通を装う術を身に付けたが、コイツは想像をはるかに超える程、自らの精神を蝕み、傷を付けていった。
いつしか両親はそんな演技をしている俺を、それが本来の我が息子の姿なんだと信じる様になっていた。何の疑いもせず。
彼らは環境に何の疑いもしない。
現在の政治。政策。教育。ルール。
この国は資本主義だ。お金を持っていると偉いと勘違いされてしまいがちだが、必ずしもお金を持っている人達が綺麗な心を持っているか?とか、素晴らしい人格があるか?と問われると、実際はそうでは無い。
それは教育にも出てしまっている。
その型にハマった生き方が素晴らしいと評価されるなんて・・とても悲しいと思ってしまうんだよな。
今まで見て来た両親は、お金がある時の俺と無い時の俺では明らかに態度が違っていた。
結果的にこの命の一部を使って、とある結論を導き出す事に成功した。
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