見出し画像

桜の下で


先日のお休みにお花見に行った。
朝ごはんを食べていると父が「かをちゃん、今日お休み?お花見でも行く?」と切り出した。
このところ坐骨神経痛の痛みで気が塞いでいた私は2つ返事で「行く行く!」と答えた。
大好きな広い公園で緑に囲まれたら、この坐骨神経痛も治る気がした。
リリカという可愛らしい小悪魔系女子のような名前の薬よりも、よほど効果がありそうである。
そんなわけで、突然のお花見が決まった。

いそいそと身じたくを整えていた父が「来年の桜をみれるか分からないからなあ。なあ?」と言った。

なあ?と同意を求められても。

母と私は顔を見合わせてから「何を言ってんだか。」「大げさだなあ。」と父に答えた。

一昨年の暮れにリウマチを発症し、去年は胃がんの手術を2回に分けて受け、今年のアタマには謎の意識消失発作を起こした父である。
「死ぬこと」が急に身近な話として感じられてしまうのだろう。
そもそも歳も歳なのだ。
私たち家族もまた、嫌でも「父との別れ」を考えてしまうことが増えたように思う。

意識消失発作からしばらく経った頃、私は父の居ないところでひっそり喪服に袖を通してみた。
不謹慎だと怒られるだろうか。
しかし誰に怒られたとしてもこれは譲れない作業だ。

喪服はタンスの中で人知れず縮むからである。


私が膨らんでいるのではない。
喪服が何らかの理由で縮むのである。
いつの間にかピチピチのパツンパツンになっているのだ。

少し話は逸れるが、福島の祖母が亡くなったときのことである。
私には非常に気の合う年長の従姉がいる。
その従姉が、例に漏れず縮んだ喪服に着替えたところ、窮屈すぎて腕は真下に下ろしたまま1ミリも動かせない状態となった。
「反動をつけないと手も合わせられない。」と勢いよく手を合わせようとする従姉と共に「何それwww?スピード社が開発した喪服ww?」「レーザーレーサーww?」などと言い合い爆笑したものだ。
(これは不謹慎)

喪服が縮むというのは本当に恐ろしいことなのだ。

そして話はお花見に戻る。
父は胃がんの手術をしてから、食べる量が格段に減った。体重も8kgほど減った。
頭はデカく足は細い。
お盆のときに飾る茄子に爪楊枝を刺して作る馬を想像して頂きたい。
今の父はあんな感じだ。

もともと食べることが大好きであり、食欲は今も変わらず旺盛だ。
しかし食べものが入っていかない。
「食べたいのに食べられない。」というのは、傍から見ていてとても気の毒である。
父はお酒も好きだが、炭酸にヤラレてしまうのか350mlを1缶飲み切ることも困難となった。
一口飲んでは苦しげにみぞおちの辺りをさすっている時もある。

そんな父がお花見に行くにあたり「おにぎり🍙は絶対に持っていこう」「レモンサワーとビールも持っていこう」「氷は水筒に詰めて持っていこう」「途中でからあげクンとチータラ買おう」と、こどものようにはしゃいでいる。

私はその姿が見れただけでも嬉しかった。

ソメイヨシノはまだ咲いていなかったが、私たち家族のお花見の日はオオシマザクラが見頃であった。

運良く桜の木の下のテーブルをゲットできた。
テーブルの横には大きなレジャーシートも敷いた。

ところで、外で食べたり飲んだりするのって何故あんなに美味しいのだろう。
おにぎり🍙も普段通り、母が作るものと何ら変わりないのに、家や職場で食べる味と全然ちがう。

何個でも食べられそう🍙🍙🍙


父は珍しく、苦しげな様子もなくバクバク飲み食いしていた。
時折まぶしそうに天を仰ぎ、美しい桜を眺めていた。


……と思いきや「あれは俺の知り合いのカラスじゃねえな。アイツはどこに行っちゃったんだろうな。」と、空を飛ぶカラスを眺め真剣な顔で呟いていた。
もしコレを読んで下さっている方の中に、父の知り合いのカラスを見かけた方がいらっしゃったら御一報いただきたい。



あの日の父はとにかくよく食べ、よく飲んだ。
そしてよく笑った。

レジャーシートにゴロリと寝転んだ父は
両手の人差し指と中指で器用にハートマークを作ってニヤニヤしていた。
「このハートマーク、今練習してんの。」と、またも意味のわからないことを口にしていた。
(けっこう上手だった。)

そして「良いお花見だったなあ。」と嬉しそうに呟いた後で「こんなにキレイなのが、あと7〜8回しか見れないんだもんなあ。つまんないよなあ!」と大きな声で言った。
朝と比べると、ずいぶん長生きすることに予定が変わったようであり、私も一安心である。

というのも。
私がひっそり着てみた喪服は案の定キツキツのパッツパツであり、父の言う7〜8年くらいでは到底解決できそうにない。
このまま喪服は縮み続けるであろう。
父にはどうかどうか、一回でも多くの桜を観て欲しいと願うばかりだ。

そしてあれほどまでに楽しそうな父の姿を見ることができるのなら、これからはお休みの日にはできるだけ、家族そろってピクニックに行こうと思う。

そうこうしているうちに、父の知り合いのカラスもフラリと帰ってくるかもしれない。楽しみだ。


この記事が参加している募集

最近の一枚

桜前線レポート